人とシステム

季刊誌
NTTデータエンジニアリングシステムズが発行する
お客さまにお役に立つ情報をお届けする情報誌です。

No.19 | トピックス
“磁石”この魅力ある世界
トック・エンジニアリング株式会社
開発技術部長
工学博士 近藤 信一

古くて新しい物質

子供の頃遊んだオモチャの中で、磁石の不思議な振る舞いは、心の片隅に鮮烈な記憶として深く残っていることと思います。まるで生き物であるかのように引張り合ったり、はじけたり、磁石を知る大人でさえ"何故?"の世界へ誘われます。

人類が天然磁石を発見したのは遠く紀元前の昔のことです。現在のように強い磁力が無かった昔は、鉄を吸着するという性質を使うより、指極性(南北を向く性質)に関心が寄せられ、羅針盤へと発展しました。今なら笑い話かもしれませんが、磁石が南北を向くのは、北極星が磁石を吸い寄せるからだと本気で信じられていました。地球が巨大な磁石であることは誰でも知っている常識ですが、南北を向く磁石の振る舞いは、やはり不思議というほかありません。

何もエネルギーが与えられないのに、磁石の周囲には磁界(磁場)エネルギーが放出されます。この性質に着目した科学者たちは、磁石を使った永久機関の夢に挑戦し、脆くも敗れ去っています。ハイテク時代を謳歌しているこの現代でさえ夢が捨てきれず、永久機関が出来ただの、モノポール(N極またはS極が単独で存在する状態)が発見されただのと、一流科学雑誌をにぎわせています。

磁石にまつわる迷信や通説・俗説は数え切れないほど沢山ありますが、磁石についてはまだ分かっていないことが多くあります。ヒョッとすると、今日でも新しい迷信や俗説を創り出しているのかもしれません。そんな立場で磁石をみれば、磁石ほど古くて新しい物質はありません。

鉄と磁石の深い関係

磁石写真
写真1 掌を磁力が透過して クリップが吸着する

トック・エンジニアリングは、この「古くて新しい物質=磁石」の応用に挑戦しています。世界最強と言われるネオジム系磁石(写真1)を組み込んだ機器の設計・開発・製造です。(解っている限り世界最強の永久磁石は白金系の磁石ですが、市場に出すには価格が高すぎて使えません。)

磁石が吸着できる金属は、鉄、ニッケル、コバルト、マルテンサイト系ステンレスの4種類です。同じステンレスでもオーステナイト系ステンレスは吸着しません。しかし、このオーステナイト系でもハンマーで打いたり折り曲げるなどの塑性変形させると弱い磁性を持つので、ネオジム系磁石は強力なので吸着が可能となります。

地球は鉄の星と言われるように、砂や土、石ころの中にさえ多くの鉄(砂鉄)が含まれています。常日頃、私たちは多くの鉄製品に囲まれて生活しています。そのため磁石が鉄を吸着する性質は多くの使い道が発生します。

磁石は、モーター、発電機を始めとして車や家庭用品に多く使われていますが、あまり知られていない場所でも、広く利用されています。例えば、食品の加工工程に用いられます。毎日食べる食品は、素材から製品になるまでの間で多くの機械加工が施されます。搬送され、洗浄され、攪拌され、切断され、潰され、練られ、過熱され、焼かれ等などそのほとんどの工程で、食品は鉄とステンレスの容器や刃物で加工されます。この鉄と鉄合金である容器と刃物は、必然的にむしられ、剥がされ、削られ、欠けるなどして加工途中の製品素材に入り込みます。通常、これらの微鉄粉は、生産ライン途中に磁石を適宜挿入して取り除かれます。微鉄粉の大きさは、ミクロンオーダーの大きさから、目に見える数ミリ程度までと様々です。流体、顆粒体、粉体中の様々な様相を呈する素材中の鉄系異物を、選択吸着できるのは、この世に磁石しかありません。

ヤンチャな磁石も使い方ひとつ

磁石写真
写真2 除鉄リングの付いたホルダーをスライドさせて除鉄する

しかし、磁力が強いために反面困ったことがあります。つまり、強過ぎてくっついた異物が外れないのです。この強力な磁石に付いた鉄粉はどのようにして外すのでしょうか?

今迄はスクレパーで擦り落としたり、粘着テープでくっ付けて取っていました。当社発明の除鉄リング特許申請済(写真2)は透磁率(磁力線の通り易さの係数)の大きな材料で磁界を短絡(バイパス)して外す方法でこの問題を解決しました。

この特殊なリングを使って除鉄の自動清掃装置も完成しました。食品素材加工は、全ての工程において安全・清潔がモットーです。特に人手が食品に触れない注意が必要な所には、除鉄の自動化装置が威力を発揮します。

食品の分野だけでなく、金型産業の分野でも磁石は大きな威力を発揮します。緻密な金型加工の世界では、ワークを切削油中で放電によって削り取っています。このとき、削り取った削屑である鉄の微粉が、放電に微妙な影響を与えます。そのため、加工精度を確保するには切削油中の鉄紛処理がものをいいます。切削油が循環中にマグネットフィルターに吸着させて鉄紛を取り除くのです。当社のTOK-Strainer"快清"がそれです。

廃棄物を宝の山に

装置写真
写真3
渦電流選別装置ED-200I

しかし、磁石はくっつけるばかりが能ではありません。当社開発の渦電流非鉄金属選別装置(特許申請済)(写真3)は、鉄以外の非鉄金属(アルミ、銅、銀、真鍮、鉛等)を跳ね飛ばします。

もちろん、非鉄金属を磁石に近づけただけでは何の反応もありません。円筒形の回転体の周囲にN極、S極交互に取りつけたローターと呼ばれる部分を高速で回転させます。この回転しているローターの近傍に非鉄金属を近づけると渦電流が流れ、反発磁界が発生して跳ね飛ぶのです。

廃棄物などの中から有価金属を分離するのに使います。分離した有価金属はリサイクルされて製品に甦ります。廃棄物が磁石によって宝の山になるのです。"磁石"ってなんと魅力的な物質でしょうか。