人とシステム

季刊誌
NTTデータエンジニアリングシステムズが発行する
お客さまにお役に立つ情報をお届けする情報誌です。

No.3 | 社長インタビュー
これからの製造業を支えるCAE
―CAEを導入するには―

今回は、CAEへの取り組みや、人材の育成などについてお話しをMSC本社(米国)副社長 立石 勝 様にお伺いしました。

略歴

人物写真
MSC本社(米国)副社長
日本エムエスシー株式会社 社長
1945年長崎県壱岐に生まれる
1971年九州大学大学院修士課程修了
同年日立造船株式会社入社
LNG, LPG船などの設計に従事
1985年日本エムエスシー株式会社に入社
1993年日本エムエスシー株式会社 社長
1994年MSC本社(米国)副社長

現在、CAEを中心としたインターナショナルビジネスでご活躍されています。

はじめに

人物写真
日立造船情報システム
取締役社長 桑木 光信

CAEシステムは、設計やシミュレーションの道具として、利用分野を着実に広めつつあります。

しかし、システムの機能や操作性が格段に向上しているにもかかわらず、CAEの普及は、CAD/CAMのそれに比べるとまだ緩やかであると思えます。これからCAEにチャレンジする企業に、CAEに対する認識あるいは取り組み方についてご意見をお聞かせください。

立石 一言でいえば、CAEツールは導入するかしないかつまり、使うか使わないかをはっきりさせる必要があります。CAEを利用するということは、一朝一夕にすむものでも、またツールがあるからできるというものでもない。なぜなら、CAEのツールがなくても飛行機は飛んでいますし、船は浮かんでいます。そのこと自体が、まさにCAEなのです。そこに、エンジニアリングがあるから飛んでいるし、浮かんでいるのです。現状の設計に甘んじるならばCAEのツールを導入しても意味はありません。

ということは、企業にそういうエンジニアリングの経験を埋め込もうという意識がない場合には、いくらチャレンジしてもCAEは育ちませんし、また利用する意味もありません。

HZS ツールというぐらいだからあくまでも道具ということですね。

立石 ええ。ところがやっかいなことにその道具は、CAD/CAMとは違って使い方によっては様々な結果を引き出すことがあります。例えば、灰皿を描こうとするとき、誰が描いても若干の正確さの違いはあれ、ここにある灰皿をそのまま絵にすることができます。CAEとはそんなものではないですね。使う人によって全部違うわけです。境界条件一つが変われば、結果が全く変わりますからね。CAEは、本来そういう芸術的な要素を持っていると思いますね。こういう意味では、物造りの中で職人芸とよばれる技能に近いかもしれません。しかし、決定的に違うところは、その結果は客観性を備えかつ自由度の高いデータであること、蓄積によって標準化が可能なことです。そして何よりも重要なことはCAD/CAMと同じ数値データであることでしょうね。

CAEをやることの最大の効果の一つは、オプティマイゼーション(最適化)です。

要するに与えられた物量の中で、物をいかに安く、軽く、早く、安全に作れるか、メンテナンスしやすく作るか、ということに対するトータルオプティマイゼーションがCAEの本来の目的なのです。

CAD/CAMが「効率化を実現した道具」とすれば、CAEは「最適化を実現する道具」といえますね。

CAD/CAMが変えたCAE

人物写真

立石 今までの構造解析、CAEでは、構造強度のconfirmation(確認)の道具として、あるいは実験に変わる道具として使われてきたように思えます。実験で得られるデータは貴重な設計情報ですが、どんなものでも実験できるわけではないですね。例えば船を造って壊すことはしないし、まして原子炉を壊すことなどはあり得ない。実験の補助道具として設計後に安全性や性能を確認したり実験できないことをシミュレーションして数値的な評価をする、つまり大企業の高度なアナリストの世界だったのです。ところが、ここ数年、その考え方は変わろうとしています。

CAEは、製品競争力をつけるための、設計に不可欠な道具になりつつあります。設計をしながら製品の性能や成形性をシミュレーションしていく、シミュレーションをしながら設計や製造プロセスを最適化していく、つまり一種のコンカレントエンジニアリングです。これは、CAD/CAMの確立が、これまで専門分野にあって閉鎖的だったCAEを大衆の面前に引きずり出して一緒に何か演奏し始めたという感じがしますね。

今、CADあるいはCAD/CAMとCAEの組み合わせがクローズアップされてきています。

設計と直結したCAD/CAMという世界があって、そこに数値モデルがあるのであれば、その数値モデルを使ってCAEと結びつけ様々な検討を行う。その評価が十分でなければCADに戻って形状変更をする。実験の必要があればCAMを利用して数値モデルから試作品を作る。その結果を設計に反映し、またCAEの評価材料にもする。....となると、ある意味では、幾何学的形状モデルがすべてかもしれませんね。これらがまさに今のCAD/CAM/CAEのトータライゼーションであり、この中でのCAEの位置づけであり、またCAEをとりまく環境でもあると思います。

欧米型思考と日本型思考

HZS 自動車の部品にしても、弱電の部品にしても金型の製造業の世界は、部品を作ってみてトラブルがあると職人さんが修正をする。これでものを作るという最終目的は達成されています。

CAEの道具などいらないのではないかということになりませんか。

立石 経営者や設計、製造の責任者がそういう見識を持っているとCAEは絶対に根付かない、と言いきってもいいです。

実際に、ちょっとした実験や手直しをすれば簡単に製品が改良できるのならCAEは必要ないでしょうね。ところが本当にそうなのか、抜本的な解決をしようとするときに、一回一回金槌でたたいて試作、モックアップを作っていくということはできないですね。若干の修正ということならできてもデザインの基本的改良ということはまずできないと思いますね。そういう意味で、たとえ単品であっても今までと違ったデザインをしようとするとき、CAEを利用して数値的に実験(シミュレーション)することに大きな意味があると思います。

欧米型の思考は、設計や製造の過程で問題が発生すると、その問題の分析に力点が置かれているような気がします、このことはCAEのようなソフトウェアには非常に都合がよく、従ってソフトウェアやシミュレーション技術が重視される。

それに対して日本型の思考は、物を作るということが優先され、問題を分析することより、とにかく解決することに力点が置かれていると思えます。CAEは正解や解決策を直接与えるものではありませんから、現場の技能者の経験や勘に頼る部分が重視されたと思います。欧米のソフトウェア型思考に対して、日本はハードウェア型思考といえるでしょう。

今日では、日本の製造技術は世界一とまでいわれ、確かに日本型の思考は正しかった、成功を収めた、といえますが、はたしてこれからはどうでしょうか。

新しい分野の技術開発にこれまでの経験が生かされるか、斬新な設計がどこまでできるか、過去の経験や問題が整理されて有益に利用できるかなど、自分が先頭になって相手の背中が見えなくなると色々な問題がでてくるでしょうね。

HZS それを解くカギとして欧米型思考に着目することは自然な成りゆきになるわけですね。

立石 そうです。ところが、ソフトウェアを重視する思考はそう簡単にできることではない。欧米諸国は、歴史として、もっといえば文化としてソフトウェア型思考がすでに形成されていて組織に形として現れていますね。

例えば、日本ではエンジニアは望む望まないを問わず生涯そのポジションに留まることはないですね。

ある年齢に達すると、管理能力や指導力あるいは営業的センスが求められる。これ自体には問題はありませんが、そのラインが一つだけというところに問題がありますね。欧米では、それ相応のポジションを与え、価値を認めています。CAEのエンジニアやディベロッパー、プログラマーは最後までその技術者として残ります。つまり、いくつかのラインが用意されているということです。

そうした欧米の土壌で発展してきた、あるいは実績をあげたCAEをいきなり日本型思考の土壌に植えてもなかなか育たないでしょうね、たとえ根が付いてもなかなか実にならない、そう思います。

大手企業をはじめ一部の企業は、早い時期に土壌を作り今大きな実をつみ取ろうとしている、ある企業は自前で品種改良までしようとしている、一方では日本の製造技術を支えてきた中小企業の多くは、今まさにハードウェア型思考とソフトウェア型思考の融合にせまられているのではないでしょうか。

HZS 社長は、各国のCAE事情にはお詳しいと思います。例えば、韓国でのCAEに対する取組みはどうでしょうか。

立石 韓国は欧米型の思考です。おそらく、トップの多くがアメリカ教育を受けているからでしょう。

また、現場を知った人が少ないためか、日本の技術に追いつくためにはどうしてもソフトウェア型思考に頼る風潮が見られますね。

日本の企業が、2年、3年かけた技術を2週間、3週間で実現しようとしていますよ。短期間で技術力をつけるにはCAEしかない、CAEの価値はそこにあると信じていますからね。だから、トップダウンで、導入し、設計・製造の現場でとにかくCAEを使わせ、そして日本の製造業の歴史を数年ピッチでやろうとしています。何年か前までは、そのやり方は明らかに無理であると思っていましたが、現在では着実に成果を上げています。

人材育成

人物写真
日立造船情報システム
専務 植田 俊

HZS CAEが利用できる人材をどのようにして育成すればいいか、特に初めてCAEを導入する企業は、それまで経験がないのですから、指導者はいない、人材はいない、で問題は深刻といえます。

立石 CAEは大学や大手企業の研究機関で利用されている道具で、それを利用するには高等数学や応用力学など高いレベルの知識が必要だ、という意識があるとすれば、それは全くの先入観で、導入や人材育成を検討する際に誤った判断のもとになりかねないですね。

確かに、変分法とか数値積分や収束安定条件とか、いろいろ高度な知識を必要とする時代はありました。しかし、CAEもCAD/CAMと同様に格段に進歩しているのです。

おおげさなことは考えず、また恐怖心を抱かず、そこまではないかも知れませんがとにかくいきなり高い目標を置かず、自分がかかわっている製品の設計や製造に着目して、比較的理解しやすい問題や現象の分析を対象にしたらどうでしょうか。

確かに、人材育成は企業努力として重要なテーマですが、サプライヤー側にもその利用や運用についての最大限の指導、支援する義務があると思います。

HZS 我々もその一サプライヤーの立場にありますが、導入時のCAE支援についてお聞かせください。

立石 そうですね、具体的な指導の一つとしては、従来の設計手法とCAEとの対応がそのお客さんにとってうまくマッチングして理解できるような指導の仕方がいいと思います。例えば、実際にハンドブックや過去の経験式を使っていたエンジニアが、CAEを使えばこんなこともわかるのか、というふうになればもうサプライヤーの指導は必要ないでしょうね。しかし、CAEの経験のない企業に対する人材の育成については重要な点があります。

一つは、サプライヤー側の指導にかかわることですが、いきなりCAEの理論やシステムの機能を教えても意味がありませんね。かえって、理解するどころかCAEに対して嫌悪感を抱きかねません。つまり、CAEの経験のない人にCAEの一般論を通してCAEを教えることは全く意味のないことです。これは、ユーザーにとってもサプライヤーにとっても不幸な事態です。対象とする問題の基本的な考え方からまず始めるべきです。

その基本的な考え方というのは、例えば弾性問題を対象とするなら、力が作用すれば物は伸びるあのフックの法則ですね。流れを対象にするなら圧力場と流れ場の関係を示すベルヌーイの法則、熱を対象とするなら、熱移動を表す伝導・伝達・放射などから指導を始める。そして、これらの現象を理解できる最も基本的な例題をまずはテーマとして、最低限必要なシステムの機能から説明していく。同時にCAEを体験する、というのはどうでしょうか。

二つ目は、企業側での人選です。人材がいない、人選が難しいとよく企業の方がいわれますが、人自体がいないというケースは別として、さほど難しく考えることはありません。数式に強い人だとか、高等教育を受けている人だとか、そうした人々を人選の基準にすべきではありません、むしろそのことは参考程度に位置づけて、設計・製造現場にいる人、経験した人、つまり、その製品の設計時、意味をきちんと理解できる人を対象とすべきです。

企業としてCAEがペイするためには、物造りのプロセスを理解している人がやるべきです。まずは、サプライヤーと二人三脚でCAEによるアプローチ手法を理解し、そして製品の最適化設計や新しい製造手法にチャレンジされたらいかがでしょうか。

使えるツールとは

HZS MSCは、CAEの分野では世界第一位のシステム開発・販売企業と伺っています、特に汎用構造解析ソフトウェアMSC/NASTRANは25年以上の歴史と実績を持った商品ですね。商品に対する取り組みや商品管理などについてお話をお聞かせください。

人物写真

立石 ソフトウェアは、常に最新の機能が求められ、最新の技術が盛り込まれていなければならず、そして常に成長し続けるものです、動植物と変わらない生き物ですね。成長がストップしたときが、そのソフトの寿命ということになりますが、これは開発やメンテナンスをする人がいなくなるか、ユーザーニーズにソフトの構造として受け入れられなくなった場合でしょうね。

MSC/NASTRANは、25年以上も前に設計開発されたシステムですが、今でも成長し続けています。

何よりもMSC/NASTRANの設計思想が優れていたからです。開発しやすくメンテナンスもしやすい、なおかつユーザーニーズにも応えやすい仕組みを備えています。MSCが供給するパッケージソフトは、実際にはFEMに必要とされる基本的なモジュール群です。問題に応じてモジュール群を組み合わせれば必要とする機能が作れるということです。

この仕組みは大きな特長と言えますがこれだけで設計現場で使えるツールにはなりませんね。部品を供給する我々サプライヤーにはどれを組み合わせ、どう組み立てればエンジニアリングのツールとして最善なのかがわからないのです。そこでユーザーからのフィードバックが重要で貴重な情報となるのです。

MSC/NASTRANは我々サプライヤーが作り上げたものではなく、サプライヤーとユーザーが一緒になって真に使えるツールへ向けてチャレンジし続けているということです。我々の開発姿勢の基本はここにあります。

品質管理については最善の注意を払っています、新しいバージョンを出荷する際には、必ず2000~3000の事例を通して機能チェックを行っています。新しい機能を評価することはもちろんですが、これまでの機能が変わらず機能することを確認するのはもっと大事ですね。つまり信頼性の確保です。

HZSへの期待

立石 HZSは単なるシステムハウスではない、と私は思っています。MSCから構造解析のソフトウェアをサプライする会社としてみたときには、HZSは日立造船という製造業の土台を備えた会社です。MSCとHZSは同じシステムハウスであってもここに基本的な違いがあります。先ほどMSCの基本的な開発姿勢は、"ユーザーとともに"と申しましたがHZSのようにメーカーの土壌で育ったシステムハウスであれば、バイリンガル的な感覚を備えた優れたインタープリターになってもらえる、そこが我々の期待するところです。

今、MSC全体がGRADE/Forgeに注目しています。HZSは製造現場から集めた60にもおよぶ問題事例を分析し、鍛造解析のための機能の追加や改善事項として我々開発元へフィードバックをしてきました。つまり、ソフトウェアと実際の問題を完全に融合させ、真に現場で使える道具となりつつあります。その結果として実用化をみることができました。今まさに期待通りのことをしていただいているということです。

今後、製造分野へのシステムや技術の流通にHZSは重要な要として必然的に位置づけられることでしょう。社会的責任も大きいと思いますがHZSでしかできない事業ではないでしょうか。