人とシステム

季刊誌
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No.4 | 社長インタビュー
ソリッドモデリングとCADの将来
人物写真 Three-Space社
イアン・ブレイド博士

1942年オーストラリアメルボルン生まれ。

氏が英ケンブリッジ大学において1973年に発表した学位論文は、ソリッドモデリングに関する最初の論文として知られています。

氏はこの成果をBUILD I,BUILD IIというソフトウェアで実証し、この後1974年にShape Data社を設立。世界初の商用ソリッドモデラーRomulusを販売し、当時のいくつかの3次元CADに組み込まれました。

本文中にもありますが、ソリッドモデリングに関するさらに新しい技術を研究するため、1985年にThree-Space社を設立。現在は、ACISの基本構造の設計と開発を行われています。

HZSは、3次元CAD/CAMシステムGRADE/CUBEIIに、モデリングカーネルとしてACISを採用しております。また、氏は、昨年より弊社とSpatial echnology社(ACISの開発販売会社)とで進めているACISの共同開発に、中心人物の一人として携わっていただいております。

生い立ち

私は農場で育ち、大きくなりました。農場では必然的に農機具などの修繕や改造などを行いますので、その機械いじりを通して、私は実践的な機械工学に興味を持つようになりました。子どものときに機械工学に興味を抱かなかったら、私が形状モデラーに魅せられたということもなかったでしょう。なぜなら、形状モデラーを作成することは、機械部品の複雑な部分を設計・製作するのと同じようにエンジニアリング的作業でもありますし、また、形状モデラーを使って設計をする人もまたエンジニアなのです。

私はメルボルン大学で機械工学を学び、卒業後、オーストラリアとイギリスの企業であわせて4年ほど働いた後、ケンブリッジ大学に戻り、コンピュータについての勉強と研究の生活に入りました。その研究は、1973年に"Designing with Volumes(容積を持つ形状を用いての設計)"という題で博士号の学位論文となり実を結ぶことができました。

研究の初期の頃、3次元のコンピュータモデルの定義を調査するために形状モデラーの製作をしました。そのモデラーはBUILD Iというのですが、私が製作した最初のモデラーで、しかも、最も小さなモデラーでした。なにしろ、わずか74Kbytesの大きさしかありませんでしたから。

大学での研究を続けているうちに、2番目のモデラーBUILD IIを作りました。BUILD IIでは、今日でも期待されている機能の多くを実現しました。たとえば、ブレンドやツイークそして、アセンブリシミュレーションなどです。

我々は、BUILD Iで機械部品の設計に関して成果をあげたのに続いて、BUILD IIでは、機械部品の分類と符号化のために、どのようにしてモデルを解析するかとか、寸法を用いてモデルを拘束・形状変更する方法とか、あるいは有限要素法のためにどのようにして自動的にモデルをメッシュ分割するかとかを示し、研究の成果をあげることができました。

ACISの誕生のきっかけ

1985年にチャールズ・ラングとアラン・グレアと私は、11年前に私たち自身で設立した会社であるShape Dataを辞めてThree-Spaceという会社をはじめました。当初は製品の開発というよりコンサルティングを行うつもりでいました。が、このことはすぐに変更されました。会社の設立後すぐに、私たちの昔からの友人であり、Shape Data社のユーザでもあったディック・サワー氏(ACISの開発販売会社であるSpatial Technology社の創設者)が、新しい形状モデラーの開発を私たちに依頼してきたからです。その形状モデラーがACISです。

ACISの特長

ACISはBUILD I、BUILD II、Romulus、Parasolidや他の多くのモデラーと同じように境界表現によるモデラーです。ACISは開発のはじめより、Solidだけではなく、さまざまな形状表現ができるように開発してきました。パイプやケーブルの中心線を表現するためのWire、金属の平板などを表現するためのSheet、立体を表現するSolid、混合物質で構成された部品や地球物理学のアプリケーションに便利なCellular表現などをACISで表現することができます。

また、ACISではこれらすべてのタイプのモデルを集合演算で扱うことができ、また、その集合演算の結果表現に関しても選択することができます。

ACISはブレンド機能も豊富に持っています。

例えば、N-sideパッチによるコーナブレンド、一定半径もしくは徐変半径のローリングボールブレンド法や、面間ブレンドのような面・稜線・点の間のブレンドなどがそうです。精密なブレンド面を使用しているので、ブレンドの上にブレンドをかけても確実に求めることができます。

また、局所変形機能として、ソリッドの一部分である面の移動やテーパ機能など製造部品モデルにも有効な機能をサポートしています。最近開発した機能として、局所変形後の自動ブレンド再作成機能があります。この機能はおそらく他のモデラーカーネルにはないACIS固有の機能だと思います。

しかしながら、システム開発者にとって最も重要なACISの特徴はACISの構造が単純かつ簡単に表現されていることだと思います。ACISの計算スピードが速いことやシステムのメンテナンスが簡単なことはその単純な構造のおかげです。また、その単純さによりACISはさまざまなプラットフォームにも簡単に移植することができます。ACISをC++によって開発したことにより秩序的で一定のルールに従った方法でACISの拡張ができるため、ACISをカーネルとするシステムの分野を広げることに成功しました。

現在の形状モデラーの技術レベル

形状モデラーは、初期の自動車の機能と同じぐらいのところまで到達したといえるように思います。どの自動車(モデラー)もほとんど同様な機能を持っていて、ドライバー(設計者)が行きたい場所へ行ける(好きなようにモデリングできる)ようになりました。しかしながら、信頼性は十分とはいえず、あまり速く走れません(計算結果が求められない場合もある)。もしストップしてしまったら、その原因やどうしたら良いかを知ることは困難でしょう。しかし、今や開発レースは、より確実に、より快適に、より早くといったところに向かっていると思います。

そして、モデリングカーネル上のアプリケーションシステムに関していえば、その機能の実現は、何か画期的な方法の発見によるものではなく、細部にまで忍耐強く、注意深くソフトウェアを熟成させることによっています。これらは、良いエンジニアリングを行うための普遍的な手法であり、おそらく日本のエンジニアが大いに期待されるところでしょう。

技術的な話題としては、"すべての集合演算を精確に行うようなアルゴリズムを考えることが可能かどうか"といったおもしろい理論上の命題があります。その問題は平面上にある多角形に関してはすでに解決されています。しかしながら、3次元空間内における直線でない形状に対して、同様のアルゴリズムを適用したときに現れる問題が、単に現実問題として困難(時間を何年かけても、メモリをいくら使っても良いといった現実にやろうとしたら無理な話しであること)であるだけなのか、それとも手に負えないような深い理論上の理由があるのかはわかっていません。

ブレンド機能や形状変換機能のような局所変形技術には、また違った難題があります。それらの機能はとても便利ですが、利用者にとって、見た目にはわけの分からない制限がときどきあります。このことは、ときには設計者が試行錯誤することで避けることができたり、あるいは、アプリケーション・システムによって制限をカバーすることができる場合もありますが。

局所変形機能をユーザフレンドリーにするには一体どうしたらよいのでしょうか?ブレンドができない部分やできないやり方を、グラフィック機能を用いてわかりやすく利用者に見せることが役立つでしょう。

サーフェイスをうまく扱うこと

ACISのようにWire、Sheet、Solidをモデリングできるシステムのねらいは、サーフェイスモデリングやソリッドモデリングに対して、十分な位相情報の骨組みを基礎構造として提供することです。これが、製品の外側のサーフェイスと内部のソリッドな形状の間の必要な相互作用を行う卓越した能力を作りだします。

なぜ、そのようなシステムがなかなか出てこないのでしょうか?私には技術的な問題があるとは思えないのです。ひょっとしたら、サーフェイス技術とソリッド技術の両方を知っている専門家がとても少ないことが原因かもしれません。

近い将来、スキニングやブレンドやツイークがよりできるようになり、システムの開発者達がその機能をシステムにうまく取り入れたとしたら、今は特化したサーフェイスモデラーでしかできないような機能の全てが、汎用のソリッドモデラーででもできるようになるでしょう。

自由なモデルの変換の可能性は

この質問の答えは、モデラー間のモデルの変換に関しての障壁が何であるかを話すことが一番わかりやすいでしょう。

最初の壁は、線および面の幾何表現にいろいろな種類があることでしょう。異なった幾何表現で表された誤差を持つモデルを簡単に変換することはできません。その変換の途中では幾何情報の一部が喪失することもあります。特に面の変換は難しく、また、その中でも暗黙に定義されている面(作成方法が簡単な手順やパラメータで表せない面)、例えば、ローリングボール法で作成したブレンド面のように前もって幾何情報そのものを知ることができない面の変換が特に難しいのです。ACISでは、平面・円錐・球やトーラス面などの単純な面と、ブレンドやスイープ機能に用いられる曲面を表現するための双パラメトリック曲面を幾何形状として定義することで、ACIS内で閉じていれば面の幾何表現の変換は必要としていません。

2番目の壁は、境界表現モデラーの冗長性からくる問題です。原理的には、どんな境界表現のモデラーも自分のモデラーで定められた誤差の範囲では矛盾は生じません。誤差の範囲とは位相情報において一致と判断される2点間の最大距離と位相情報において、不一致と判断される2点間の最小距離の値によって表現されます。もし、2つの異なったモデラーのモデルがお互いの誤差範囲がオーバーラップしている範囲内で集合演算を行うのであれば、その演算は成功するでしょう。実際に、この2番目の壁をなくすには、モデラーが動作する誤差範囲を一致させることで解決していくのが最良の方法でしょう。すべてのモデラーが倍精度で、ミクロンの10分の1からキロメートルの大きさのさまざまなモデルを扱えるように、誤差範囲を一致させることは可能だと思うのですが、残念ながら、まだ行われていません。

3番目の壁は、モデルについている属性情報の変換に関する難しさです。モデルの変換に際して、属性情報も形状と一緒に変換したいし、また、たとえその属性情報が変換先のシステムにとって理解できないものであったとしても、変換先のシステムにモデルのすべての属性情報を維持させながら、さらに属性情報を付加していきたいと我々は望むでしょう。また、属性情報はモデルが変化したときでも、可能な限り保持されていかなければなりません。ACISのもつATTRIB機能は、システム開発者が属性情報を定義でき、しかも変化に際して属性情報をどのように保持していくかをも開発者が決定することができ、ACISをベースとするシステム間での変換ではとても役に立っていると思います。

異なるモデラー間のモデルデータの変換のために、専門の変換ソフトを今後も求め続けることになるでしょう。そして、変換元と変換先のシステム間に、変換のための約束事をお互いのシステムに組み込む必要があるでしょう。単にSTEPにあるようなモデルのフォーマットを公開しただけでは、この問題は解決することができません。

標準のモデラーは出現するでしょうか

植田 日本の製造業が海外に出ていっていますが、日本の金型専業メーカの将来はどうなるでしょうか。

人物写真
イアン・ブレイド博士とHZSI副社長
ロナルド・リンカーン

もう一度、車の例にもどって考えてみましょう。個々の車は相互作用をすることで動くものではありません。もっとも、事故や渋滞のときは、望ましくない影響を及ぼしあいますが。さて、対照的にモデラーは相互作用するべきものでなければなりません。この点において、モデラーは車というよりも電話機に近いものです。

つまり、エンジニアリングデザインや製造のニーズからモデルデータはデザイナーやアナリストや製造エンジニアの間で変換されなければなりません。私は、このニーズが"標準"のモデラーが出現する重大な決定要因となる、と考えています。

各モデラーが持つ能力が徐々に近づくにつれ、変換の問題・トレーニングの問題・システムの利用が急速に普及するための問題が着実に表面化してくるでしょう。データ変換の問題は、同じモデラー上で作られたシステム間で行うのが当然ながらベストでしょう。この点ACISに関していえば、まったくトラブルがありません。

車を運転するよりもモデラーを使うことが、ずっと大変であることやプログラミングも依然として大変であることから、トレーニングの重要性は明白です。システムを使いこなせる人を育てるというニーズは形状モデラーの業界でモデラーを標準化させる原動力となっていくでしょう。

急速な普及に関していえば、ワークステーションベースの設計や製造のシステムが要求されている一方で、PCベースのシステムがより広く行きわたってきていることで理解ができると思います(そのシステムの多くはACISベースなのですが)。

これらすべての理由から、まるでMicrosoftがオペレーティングシステムの世界で行ったのと同じように、ひとつのモデラーが将来市場を勝ち取るようになるのではと思います。どのモデラーがそうなるのだろうと推測することは、あまり意味がないことを願っています。

ACISの開発や応用に関して、HZSの役割は何でしょうか?

形状モデリングの技術の中でも、ブーリアン(集合演算)やマスプロパティー計算など、比較的計算方法が確立された処理は、一般に信頼性が高く実用的に行えるところまできています。

ところが一方では、ブレンドや形状変形操作など、必ずしも答えがひとつに決まらないものや答えが求まらないものなど、まだ開発途上の処理も残っています。また、モデラーが解答を見つけたのに、ユーザがその結果を望まないなどの問題もあります。

その意味で、形状モデラーやアプリケーションシステムの開発者が挑戦しなければならないのは、ユーザが複数の解の中から求めるものを選択することを助けたり、また、結果が求まらなかった場合にその理由を示したり、さらに、最もユーザの要求に近い適当な答えを教えることなどでしょう。

HZSは、エンドユーザの近くで仕事をしているので、非常にリアルなケースをACISの開発のために列挙し、これらの問題を示してくれます。また、ACISが求めた結果に対して、豊富な経験からの指摘を行いプログラムをより熟成させていくことができます。

金型の設計など、モデラーの性能を限界まで拡張するようなアプリケーションにおいては、カーネル開発者とHZSのようなアプリケーションベンダー、アプリケーションベンダーとエンドユーザの密接な関係が非常に重要です。特に、現在我々が取り組んでいるテーマのように、迅速な開発と改良を繰り返さなければならない段階の技術の場合は、いっそう我々の協調が重要だといえるのではないでしょうか。