人とシステム

季刊誌
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No.59 | 社長インタビュー
CAEによるエンジン開発の効率化・品質の向上
―サステイナブル"Zoom-Zoom"宣言を加速させるCAE―
マツダ株式会社 パワートレイン開発本部 エンジン性能開発部 PT解析グループ アシスタント・マネージャー 胡木 隆 様
マツダ株式会社
パワートレイン開発本部
エンジン性能開発部
PT解析グループ
アシスタント・マネージャー
胡木 隆 様
マツダ株式会社 パワートレイン開発本部 エンジン性能開発部 PT解析 グループ マネージャー 藤川 智士 様
マツダ株式会社
パワートレイン開発本部
エンジン性能開発部
PT解析グループ
マネージャー
藤川 智士 様
マツダ株式会社 パワートレイン開発本部 エンジン性能開発部 PT解析グループ アシスタント・マネージャー 宮内 勇馬 様
マツダ株式会社
パワートレイン開発本部
エンジン性能開発部
PT解析グループ
アシスタント・マネージャー
宮内 勇馬 様
NDES 代表取締役社長 木下 篤
NDES
代表取締役社長
木下 篤

木下 マツダ様のMDIの取り組みについて、2003年に「人とシステム」でご紹介させていただきました。今年で創立90周年を迎えられたとお伺いしています。今回は、90年の歴史の中で「クルマづくり」を支えた基幹技術の一つであるパワートレインの設計について、開発コンセプトや今後の取り組みなどについてお伺いできればと思います。

技術開発の長期ビジョン サステイナブル"Zoom-Zoom"宣言

藤川 自動車が抱える「環境」と「安全」という課題にこれからも一層応えていくために、マツダは2007年3月、技術開発の長期ビジョン「サステイナブル”Zoom-Zoom”宣言」を発表しました。

これは、マツダ車を利用していただけるすべてのお客様に、高い走り性能と、燃費性能をご提供する、というところがマツダの方針です。

CO2削減の要となる「ベース技術」の進化

藤川 マツダは、2020年時点でもグローバル市場における主要動力は内燃機関であると考えます。ハイブリッドなどの電気デバイスの普及向上は予想されますが、まずはベースとなる内燃機関の効率の改良および車両重量の軽量化など、クルマづくりのベース技術を進化させ、向上させることが重要であると考えています。ベースとなる技術の進化が適応範囲を広げ、例えばCO2の総排出量の削減や、システムコストの低減、ひいてはお客様の負担される費用の低減などに向けて、大きな効果が期待できると考えています。

2015年までにマツダ車の平均燃費を30%改善

藤川 マツダでは内燃機関の効率改善に徹底的に取り組むことが、結果としてすべてのお客様に優れた環境性能を提供することになると考えています。マツダは、2001年から2008年の7年間で、国内で販売するマツダ車の平均燃費を30%向上させてきました。さらに、2008年6月には、2015年までにグローバルで販売するマツダ車の平均燃費を2008年度比で30%向上させる計画を発表しています。

これを実現するために、今われわれが取り組んでいるのが、次世代パワートレインです。

次世代パワートレイン

藤川 すべてのお客様に「走る歓び」と優れた環境性能を提供するために、マツダならではの視点と技術によって徹底的な効率改善を実現する次世代パワートレインの開発を進めており、2011年度以降の市場導入を計画しています。これらの次世代パワートレインは、2009年に開催された第41回東京モーターショーに出展しています。

マツダSKY-G

次世代4 気筒直噴ガソリンエンジン「マツダSKY-G」

藤川 マツダの現在の2.0Lのガソリンエンジンと比べて、燃費は約15%改善、さらに約15%のトルクアップを確認しています。また、独自開発のシングルナノ触媒を組み合わせることで、排出ガスのクリーン化を実現。2011年に国内市場に導入予定です。

マツダSKY-D

次世代クリーンディーゼルエンジン「マツダSKY-D」

藤川 マツダの現在のディーゼルエンジンと比べて、燃費は約20%改善、あわせて、低速と高速のトルクを大幅に改善しています。また、国内に適合可能な排出ガスのクリーン化も実現します。2012年に国内市場に導入予定です。

マツダSKY-Drive

次世代6速オートマチックトランスミッション「マツダSKY-Drive」

藤川 CAEをコアにした最適設計に取り組み、ロックアップ領域の大幅な拡大を図りました。構造の見直しや徹底した機械抵抗の低減により、優れた伝達効率を持つオートマチックトランスミッションを新開発。約5%の燃費改善とともに、スポーティレスポンスがよく、上質なダイレクトフィールも実現しています。2011年に国内市場導入予定です。

未来につながる環境技術の確立に向けて

図5

藤川 マツダは、ベース技術である内燃機関の燃費を徹底的に極めて、さらに、マツダ独自のアイドリングストップシステム「i-stop」や減速エネルギー回生技術、ハイブリッド技術などの電気デバイスを段階的に組み合わせていきます。最終的にプラグインハイブリッド自動車(PHV)や電気自動車(EV)へと進化させていきます。これがマツダのビルディングブロック構想です。

プレマシー

step-1 アイドリングストップシステム「i-stop」

藤川 一時停止時に自動的にエンジンが止まるアイドリングストップシステム「i-stop」を採用。約8~10%の燃費改善を実現します。2009年から、電気デバイス技術の第1弾として、新型アクセラ、ビアンテ、プレマシーと展開しています。

step-2 減速エネルギー回生

藤川 クルマの減速時に発生するエネルギーを電気として回収し、車が必要とする電気エネルギーとして再利用するのが回生技術です。再利用の目的によって効果は異なりますが、5%以上の燃費改善効果が見込まれます。

step-3 ハイブリッドシステム

藤川 一般的にエンジンでは、エネルギー効率が低いとされる低回転・低負荷時に、走行をアシストする電気モータを活用します。ハイブリッドシステムは、i-stopや減速エネルギー回生技術との組み合わせによって、トータルで高い効率改善を実現していきます。

木下 内燃機関の方式を極めて、燃費の向上を第一に取り組んでいるということですね。

藤川 内燃機関を極めないうちに、電気デバイスで燃費を稼ごうとすると、電気デバイスそのものが大きくなりますので、これはあまり効率のいいことではありませんし、コストも上がります。また、重量の増加はマツダが訴求している走る歓びがスポイルされます。理想の内燃機関の追求なしには、走る歓びと環境性能の両立はできないのです。

CAEによる開発の効率化

木下 以前にお伺いしたMDIのフェーズIIIでは、CAEの利用を加速することだったと思います。現在の、CAEの取り組みについてお話いただけますか。

CAE主体の開発

藤川 マツダとしましては、新しいエンジン、トランスミッションをCAE主体で開発していこうと取り組んでいます。われわれが目指しているのは、すべての現象をCAEで再現できるようにしようということです。

エンジン燃焼系統の熱効率や燃費性能、強度/耐久性、NVH性能等々、これらすべてのからくりを解明して、CAEに利用できる数学モデルに置き換えることによって、従来の実験とその結果をもとにした試行錯誤からすべてCAEをもとにした机上での研究へと、エンジン、トランスミッション開発のスタイルを変える取り組みを行ってきました。机上化ができれば、最適化、理想構造をとことん研究することができます。

CAEで、理想の構造、燃焼方式、いろいろなシステムを研究して、それらを新しいガソリンエンジン、ディーゼルエンジンにすべて展開する。そうすれば排気量の違うエンジンでも同じ特性を全部使っているので、試行錯誤することなく一度にたくさんのものが開発できるようになります。このようなことを目指してCAE主体の開発に取り組んでいます。

木下 CAEは数学モデルがベースですから、モデルが現象を表現できない場合は、モデルを変えていかなければならないですね。数学モデルの妥当性や検証はどうされているのでしょうか。

藤川 そこは実験研究部門と非常に密に行っています。今は実験分析をきちんと行って現象を把握した上で、CAEのモデル化を行います。そのモデルでいろいろな研究を行い、ベストと思うものを試作します。その後、実験で確認します。

ですから実験研究部門の役割というのは、以前のように設計された製品の評価試験が主目的ではなくて、機能開発を進めるための、現象理解やモデル作成のための実験、CAEの予測精度の確認、CAEで作り上げた機能を検証することに変遷しつつあります。

こういうかたちの開発に変わりつつあります。

木下 コスト的なメリットがあれば、実験だけで済ませるというようなケースはあるのでしょうか。

藤川 今はそういう考えはほとんどないですね。現在は実験評価結果のエビデンスをCAEでしっかり取るとともに、今後のさらなる進化に向けてCAE化をきちっと行うようにしています。

自動車業界の進化のテンポというのは、ものすごく激しいですから、OKになったものでも、さらにどこまで軽量化できるかということを突き詰めなければいけないのです。そうなると、CAEに置き換えるということをきちっとやっておかないと、性能の良い軽いものが作れないということになり、競争に負けてしまいます。

CAEソフトウェアの著しい進化

木下 CAEについては、10年前と比べると、ツールも使う側の環境も変わってきたということでしょうか。

藤川 そうですね。明らかに10年前とは違う状況です。コンピューターの進化に合わせて、ソフトウェアもすごく進化し、取り扱う有限要素モデルの規模、つまり膨大な節点数や荷重ケースの解析モデルを短期間で作成し、計算、そして結果表示まで一気にデータ処理をすることができるようになりました。

MZR2500cc 直列4気筒エンジン シリンダーヘッドとシリンダーブロックのメッシュデータ
MZR2500cc 直列4気筒エンジン
シリンダーヘッドとシリンダーブロックのメッシュデータ

宮内 メッシュデータの生成については、以前は多少の処理時間はかかっても100万節点くらいのモデルが生成できればよい、という時代でした。

今はTSV(テクノスター社製品“TSV_Solutions”)を導入して、数百万節点の解析モデルを短時間で生成することができ、しかも1千万超自由度の大型構造モデルであっても大規模PCクラスタの活用によって数時間で解析結果を得ることができます。

以前なら計算に1週間かかっていたことを考えると、すさまじい進化です。CAE主体の開発体制へ重点を置くために、人材も投入しましたが、やはりソフトウェアとハードウェアの進化が体制の実現を支援した大きな要因の一つといえます。

藤川 少し前ならFEMのモデルを時系列で動かす解析なんて簡単にはできませんでしたが、今はそれが容易にできる環境にあります。そうすると、また新たな現象が見えてくるのです。

木下 CAEでモデル化をしておいたほうが、いろいろな意味で流用性はありますね。

CAEは知見の蓄積と再活用

藤川 CAEは知見をためていくところだと思っています。ものを作っての試行錯誤でも知見はたまりますが、CAEであればそこにいろいろノウハウをためて、再活用が容易に、あるいは自動化できます。そういう意味でCAEを主体にした開発をしています。

性能と解析モデル
  複合物理
モデル
構造
モデル
流体
モデル
伝熱
モデル
音響
モデル
機構
モデル
制御
モデル
燃費/動力性能    
発熱/冷却性能            
燃焼性能          
信頼性能      
騒音/振動性能        
操作性能     
走破性能     

木下 解析用のモデルを作るとか、修正とか、実際のところCAEは人海戦術的なところが多いのではないでしょうか。

シリンダブロックの温度分布と変形
シリンダブロックの温度分布と変形

藤川 ソフトウェアの進化によって、今までは手間がかかっていたところが、オートメーションにできるというところが増えてきましたし、われわれのほうもカスタマイズというかたちで自動化を進めています。ある程度解析のやり方が標準化できたものはどんどん自動化して、人をかけないようにして、解析のメンバーはできるだけ新しい課題に取り組むようにしています。拡大し続ける解析のニーズに追いつけるようにしています。

木下 設計チームから解析チームには、昔に比べて要求が増えているのでしょうか。

宮内 そうですね。一つは信用されるようになりました。10年前は、あまり処理能力もなかったですし、精度も出なかったので、あてにされていなかったのではないかと思います。それが今は開発の最前線の者が、CAEは使えると思ってくれていますし、使い方を考えてくれるようになりました。そうなると、どんどん件数も増えますし、常にリソースが不足している状態です。

32ビットから64ビットの時代に変わりつつありますので、そうなれば一気にCAEの処理能力が上がると思います。すぐに2~3倍の時代がやってくると思います。

木下 形状は昔も今もそれほど変わらないですよね。解析の対象領域が、エンジン周辺の部品や機器、大げさに言えばクルマ全体へとどんどん拡大するということでしょうか。

宮内 そういった適用領域の拡大もあると思いますが、精度向上という点でも、例えば応力集中が発生するような微小Rのところを今以上に小さなメッシュに分割することによって予測精度を上げたいということもあります。

CAEのメリット

木下 CAEの活用で、試行錯誤や実験試作の手間を削減できコスト削減の効果がある一方、品質の向上にも効果があるのでは、と思いますが、どうでしょうか。

藤川 コスト面のメリットは非常にあります。試行錯誤が圧倒的に減りますので、試作品の個数は減らすことができますし、それらに伴い実験の工数も削減することができます。さらにこれから大事なのは、より高い性能、より高い品質のものを開発する上で、ものの研究では限界のところがたくさんあります。車の燃費性能、走り性能まで見るようにしていますので、CAEでないとブレイクスルーできないところがあり、その研究のためにCAEが極めて重要となっています。

木下 i-stopはマツダ独自の技術でしょうか。また、これにもCAEの技術は貢献しているのですか。

藤川 ブレーキをはずしてからアクセルを踏みかえるのに、すごく運動神経のいい人でも0.3秒かかります。

マツダのi-stopは早くて0.2秒、遅くとも0.35秒で始動ができるようになっています。違和感なく始動できるというのがマツダ独自の技術です。

一般的なアイドリングストップシステムでは、スターターモーターを使って再始動します。これに対して、i-stopでは直噴システムを利用し燃焼エネルギーでエンジンを再始動させ、スターターセルは不足した回転エネルギーを補完するシステムを採用しています。この「燃焼始動式」では、エンジン停止時にピストンを最適な位置に停止させる必要があるため、ピストンの正確な位置を検出し、制御する技術を確立しています。

宮内 お客様の運転条件というのはさまざまで、寒いところ、暑いところ、大渋滞のところで使う人もいれば、標高の高いところもあり、どんなところでもきちんと再始動しなければいけない。

そしてきちんとエンジンを再始動させるのにちょうどいいクランク角というのがあるのです。このちょうどいいクランク角に停止させるエネルギーとしてはポンピングロス、オルタネータの負荷、エンジンの摩擦損失などがあります。ポンピングロスとオルタネータの負荷は制御可能なので積極的に利用しています。一方エンジンの摩擦損失この制御を邪魔しないようばらつきを最小化しました。こうしないと0.3秒ではエンジンがかからないのです。

車が使われる環境やお客様の使い方などわれわれ開発者では制御不可能なあらゆる因子に対して、エンジンを停止させるエネルギーが安定化するような検討は、かなりCAEを使ってやっています。

ハイブリッドもそうですが、i-stopも、停止・始動が多くなります。普通のエンジンではセルを回す回数は問題になりませんが、これがハイブリッドになると非常に多くの再始動が必要になります。ハイブリッドほどではありませんがi-stopでも再始動の回数は多くなりますので、桁が一つあがるくらい停止・始動回数が増え、磨耗・摩擦が大変大きな問題になってきます。ここにもCAEを活用しています。

藤川 また、i-stopでは、燃焼にもCAEを活用しました。どのようなかたちで燃焼させるのが一番早いのか、早く起動しても振動や騒音などの不快があってはいけないので、それをどのようにして抑えるかというところで燃焼性・信頼性・音・振動においてかなりCAEを使って製品を仕上げてきています。

i-stopの作動原理

ニーズに即した商品開発を

木下 弊社からは、(株)テクノスター製品TSVのカスタマイズや機能改善について、システム提案やエンジン解析に関わるCAE受託サービス業務のお手伝いをさせていただいています。

宮内 開発元のテクノスターさんとの連携で種々ご提案をいただき、作業効率の高いCAEシステムへと改善されていると感じています。特に、開発のプロセスも各工程での計画と成果を明確にし、仕分け・問題の分類・ソフトウェアのリリースのタイミング、品質の管理をしっかりやっていただいています。NDESで見ていただいているソフトウェアはわれわれのニーズを受けてわれわれのニーズどおりにアップグレードをしていただいて、非常に信頼できるやり方をしていただいています。

NDESのCAEの技術力があれば十分にサプライヤーさんの指導ができると思いますので、NDESがサプライヤーさんをコンサルすることによってわれわれもサプライヤーさんにCAEの評価をしてもらえるようになると、すごくいいことだと思います。

藤川 自動車業界のニーズを知って、ニーズに即したかたちのコンサルができるというところが、NDESの強みだと思います。

胡木 商品にするためのわれわれOEMの要求事項を聞いてもらって、解析に特化したかたち、例えば機能やデータベース等でNDESとお客様が一緒に商品を作るという考えもあると思います。

車両系では、解析のモデルが商品として販売されています。タイヤの解析用モデルは商品になっています。メーカー側が独自に開発しようとすると莫大な費用と時間がかかりますが、それを商品として販売してもらえれば使ってみようと思います。衝突関係では、車の中に乗せるダミー人形のモデルも商品として販売されています。そういったようなことを考えてはいかがでしょうか。

木下 お客様はものを作るノウハウをお持ちで、われわれはCAEのノウハウを持っています。これをあわせて、それをメーカーに提供する。データも使い方もすぐプラグインできる形でということですね。

胡木 プラグイン的なものでもソフトによりますが、モデルのデータを購入すると、中を見ればわかるので、ノウハウが見えてしまいますが、パスワードがかかっていて中が見られないようになっているものもあります。期限が切れたらまったく使えなくなります。

藤川 サプライヤーさんは、ノウハウの開示となるためなかなかモデルを提供していただけませんが、モデルの開示したくないところはブラックボックス化したまま使うようなシステムができれば、かなり価値があると思います。

木下 そうですね。大変良いヒントをいただきました。今後もお役に立てるようお手伝いさせていただきますので、ご指導をお願いします。本日は、お忙しいところを誠にありがとうございました。

会社プロフィール

本社
本社

マツダ株式会社

URL http://www.mazda.co.jp/(外部サイトへ移動します)

設立 1920年1月(大正9年)
本社 広島県安芸郡府中町新地3-1
おもな
事業内容
乗用車・トラックの製造、販売等
マツダロゴ 「マツダ」の由来と意味
社名「マツダ」は、西アジアの人類文明発祥とともに誕生した神、アフラー・マズダー(Ahura Mazda)に由来します。また、自動車事業を始めた松田重次郎の姓にもちなんでいます。