人とシステム

季刊誌
NTTデータエンジニアリングシステムズが発行する
お客さまにお役に立つ情報をお届けする情報誌です。

No.60 | 社長インタビュー
プラスチック金型専業メーカーとしての生き残りへの模索
池上金型工業株式会社 代表取締役社長 池上 正信 様 池上金型工業株式会社
代表取締役社長
池上 正信 様
NDES 代表取締役社長 木下 篤
NDES
代表取締役社長
木下 篤

木下 池上社長のお名前は前々からお伺いしておりまして、今回このような機会を持たせていただき、まことにありがとうございます。

金型業界で長年事業を維持・発展されてきた経営方針や基盤技術、海外戦略などについてお話をお伺いしたいと考えております。

池上金型工業 事業概要

池上 当社は、プラスチック射出成形金型の専門メーカーとして、長年培ってきた設計ノウハウと加工技術により、お客様により高機能の金型(部材)を提供し、生産性の改善と品質向上のお役に立ちたいと考えております。

基盤技術

ホットランナー・システム
ホットランナー・システム
拡散溶着技術
拡散溶着技術
エレクトロフォーミング(電鋳)
エレクトロフォーミング(電鋳)

・ホットランナー・システム

成形品の薄肉化と成形サイクル・安定性を高めるための独自ホットランナー・システムで、樹脂の無駄を出さない成形を行なうことができます。

・拡散溶着技術

成形のサイクルタイムを早くするための冷却システムです。金型を冷却する際に、極力製品に近いところに水を回すことで早く冷却ができます。

・エレクトロフォーミング(電鋳)

一番の特長は、製品マスターにメッキの原理を使ってニッケルをもりつけ、成形してから抜くと、マスターの反転が取れます。ニッケルの原子レベルで形状のコントロールができますので、ナノレベルの寸法でも転写が可能になります。特に、彫り込み加工や磨きが難しい型を作るうえで有効です。ただ、ニッケルは強度的に弱く、この技術が一番使われているのは、ナノインプリントなど、低圧で成形できるような樹脂型に適しています。

・金型情報DB(知の創造プロセス)

昭和30年半ばからずっと金型に取り組んでまいりましたので、 50年以上金型を作っています。現在に至るまで3万型以上の金型データを持っており、これを電子化して情報を活用しています。樹脂の種類や加熱・冷却方法、金型材料など、技術の進化や客先のニーズに合わせた対応が必要となりますので、新しい知識をアップデートするプロセスを持っているというところが大きな特長です。

天皇陛下産業施設視察ご行幸

池上 平成21年5月に、天皇陛下が産業視察のために弊社にお越し下さいました。朝10時30分にお見えになり、社員食堂で作りました昼食もお召し上がりになり、午後1時にお帰りになられました。仕上げ・磨き・マシニング・設計などの現場を見ていただき、お昼前の30分間は現場の職人を含む20数名の社員とご懇談の機会を頂きまして、一人一人にお言葉を賜りました。また、お茶をお出ししたのは私の母親でしたが、陛下に「本日お茶をお出しいたしました母でございます」とご紹介しましたら、陛下が立ち止まっていただいて「お母様でしたか。長い間ご苦労されたんでしょうね」とお声を掛けて下さり、「おいしゅうございました」と調理を担当した管理栄養士にもお言葉をいただきました。 50年間真面目に金型作りをやってきました父に対し、ご褒美の機会を与えていただいたという気持ちでおります。

国内金型業界の現状

木下 国内の金型メーカーがシュリンクしているという実態を聞いています。金型業界の現状をどのように見ておられますか。

池上 1970年代に日本は「金型生産大国」としての地位を確立し、現在も「日本の金型は、世界一」と言われています。

しかし、一部の例外を除き、金型(製品)の寸法精度・生産性・耐久性・制作期間・価格(コスト)といった性能面や機能面での評価が世界一であるとは言い切れません。

日本独特の下請け産業構造の中で、客先の要求を受け止め、熟練工の摺り合わせ技術とサービスを含めた総合得点で、世界のトップに立っていたと考えられます。

素形材産業として急成長 1960年代後半~

日本の金型業界は、 1960年代後半から家電・自動車等国内基幹産業の成長を支える素形材産業として急成長を遂げました。

金型から生まれる新製品には、季節性やモデルチェンジのタイミングがあり、1年間コンスタントに仕事を得るということがもともと難しい業界です。受注の平準化の難しさから、大穴をあけないことが利益確保への道と考え、多くの会社が規模を最小限に止めたのです。

また、技術的な難しさから、一握りの熟練工が全ての工程担当する場合も多く、全事業所の90%が10人以下の小規模企業という業界となりました。

デジタル化の波 1980年~

1980年代に入り、日本の金型メーカーは設計および機械加工のデジタル化という最大の変化に直面しました。CAD/CAMとCNC制御の工作機械の普及により、金型の製造は特殊技能(熟練工のノウハウと職人芸)から装置産業に変化しました。

1980年代後半から生産拠点の海外移転と海外への金型発注が進み、国内金型市場は空洞化して金型メーカーは受注減に直面し、国内外との受注競争による値崩れにより、収益も大幅に減少しました。

1990年代後半には、 CAD/CAMとNC工作機械と刃物が同時に一大進化を遂げ、今までの重切削と放電加工中心の考え方が根本的に変わり、それまで蓄積してきた加工のノウハウは全て陳腐化し、国内外の全ての金型メーカーは、同時に高速切削という課題に直面しました。装置産業化が一段と進み、設備投資が困難な金型メーカーは、生産技術においても内製・大手・アジアの金型メーカーに遅れを取ったのです。

2000年代に入り、3次元ソリッドモデラーの出現と進化したNC工作機械の組み合わせ(デジタルエンジニアリング)により、多くの製品で同等の金型のコピーができる時代になりました。さらに待遇の悪化した日本のエンジニアや熟練工が、働く場所を海外に求め、技術の海外流出に拍車を掛けるという悪循環に陥りました。

内製と製造委託の二極化

2008年9月以降のリーマンショックによる全世界景気後退と円高により、国内の空洞化はさらに進むと考えられます。

金型メーカーの客先であるセットメーカーでは、金型の内製化を推進させ、その技術を国外の生産拠点に移転し、現地で金型を作る(社外発注分は現地金型メーカーから調達する)方向と、自社内で量産を行なわずに製造委託企業(EMS)を活用して、水平分業型製造体制を推進する方向への二極化が進んでいます。世界の大手EMSは、最新鋭の設備を持つ大規模な金型工場を保有しており、どちらの場合にも日本の金型および成形メーカーの出番は極端に減少するということになります。

デジタルエンジニアリングとリバースエンジニアリングの活用により、技術移転が容易なプラスチック金型においては、国内金型メーカーの経営は困難を極めています。1万社といわれる国内金型メーカーの中で、生き残れる会社は半分、型作りを継続できる会社は30%、さらに成長を続けて次世代に引き継がれる会社は10%程度、と言っても過言ではないと思います。

プラスチック金型専業メーカーにおける技術経営戦略

木下 このような現状で、今後どういうところに金型の革新的なアイデアを見出していかれるのでしょうか。

池上 社員の力を集結するために、まず社長が明確な経営理念を持ち方向性を示すことです。

マーケットの選定

・内需

海外で量産されている製品は、必ず金型も現地調達に移行するはずですから、国内で量産が行われている製品の分野で必要とされる金型を作っていかなければいけない。また、新製品の試作金型には客先に対する技術提案の余地が多いと考えられます。

・外需

海外で勝負をする場合には、価格競争になることは避けなければなりません。「製品の外観」「スピード」「機能」「メンテナンス」等の金型における技術とサービスを海外で売ることを考えるべきだと思います。

皆さんにわかってほしいのは、日本の金型の品質基準が、現地では完全にオーバースペックになります。海外では、金型の値段は半分以下であれば、お客様の満足されるレベルも100点以上から60~70点に下がります。コストをかけて金型の完成度を上げるよりも成形の段階で手直しをした方が安いので、逆に現地での金型製造技術は育たないなと思えばいいのです。

日本の金型は、コンテストの世界では評価されるかもしれませんが、お客様が70点の金型を半額でという要望には応えられない。それが今の一番の問題です。では、60~70点の金型を半額で作るという道は、どうしたら開けるか。海外でものを作るしか道は開けないのです。

このような話をすると、私は日本脱出派のようにとらえられるかもしれませんが、国内で金型技術の高度化や新技術に取組み、国内で金型を作り続けるというのが基本姿勢です。

価格競争に巻き込まれないための中核技術

池上 内需にせよ外需にせよ、金型設計力が不可欠です。設計で金型に付加価値をつけることが大前提となります。

また、熟練工による組み立て・調整力(擦り合わせ技術)は日本の強みですから、これを持ち続けなくてはいけません。デジタルエンジニアリングと擦り合わせ技術を融合して、金型の機能を高度化する、例えば「工程複合金型」「超高速生産用金型」などの付加価値の高い金型を作れることです。

国内の金型メーカーの多くが、現在取り組んでいる「3次元設計」「技術提案」「低コスト」といったサービス指向だけでは、勝ち残れるとは言いきれません。日本の金型メーカーの強みはサービスだと言われていますが、サービスというのは、技術レベルと一緒になってサービスで差がつくのであって、「3次元設計」「技術提案」「低コスト」「メンテナンス」などのサービスを付けた「工程複合金型」「超高速生産用金型」をセットで提供しないと生き残れないと思います。

また、金型製造工程の一部で卓越した技術を持つという方向があります。金型メーカーの殆どが中小企業ですから、すべての工程で卓越するというのは非常に難しい。設計、機械(部品)加工、仕上げ、組立てといった工程のいずれかに限られた資源と人材を集中し、設備と製造技術を高度化して突出させることが重要です。

そのことによって、お客様にとって不可欠な存在になると同時に、セットメーカーの内製金型工場、内外の金型メーカーの機能の一部を担うことも可能になります。その場合には、設計・加工のデジタルデータ流出に対する知的財産保護の取り組みとブラックボックス化が必要です。また、金型以外でも仕事の幅が拡がり、別の道が開けてくる可能性もあります。

中核技術を担う人材育成

池上 新しい時代の金型設計者、金型仕上げ職人を育てなければなりません。

・金型設計者

立体的造形力と創造力を持ち、3次元CAD/CAMを使いこなせる、レベルの高い金型設計者をどう育てるかです。3次元モデリングにより直接形状を扱うと、図面(2次元)から頭の中で3次元化する作業が無くなり、どうしても想像力が弱くなりますが、設計者が金型製造のプログラム全体をマネージメントするような仕組み・仕事を担わせて、製品設計・成形シュミレーション解析・NC加工データの出力・トライ成形立会いによる製品の検証など、幅広い経験をさせることが必要だと考えています。

・金型仕上げ職人

デジタルエンジニアリングの領域を超える領域、すなわち形式知化できていない技術(例:新素材対応・微細な意匠面・鏡面ミガキ等)は、職人の技が付加価値を持ちます。

職人を育てる方法は、昔も今も唯一です。「職人になりたい」という若者に、「自分の後継者を育てたい」と思っている職人が教えながら経験を積ませるしかありません。しかも、日本の金型メーカーに職人がいる間にしか後継者は育てられません。

一流の金型の職人は、世界中で引く手あまたですから、このことを若者に伝えて将来への希望を持たせ、彼らの意思で10年~15年間のOJTに挑戦させる。

また、自社でデジタルエンジニアリングを推進して、職人の領域を明確にすることです。せっかく職人を育てても、デジタルでできてしまうことを職人がやっていたのでは付加価値とはなりません。

協業ネットワーク

池上 理想的な協業ネットワークは、別々の製造工程で突出した金型メーカー同士が協業してネットワークを組み、相互の営業情報収集力を活用し、製造工程のみならず相互の製造する金型のサイズと地域サービス(メンテナンス等)を補完することも有効です。

資金調達

池上 金型の機能を高度化するために、国や地方自治体による、研究開発・人材育成に対する開発補助金制度を活用しています。

自分たちがやってきたことなので言えるのですが、まず、経営者自身が自社で開発・育成を行ないたい内容と目的、あるべき姿を頭に描き、整理して言語化することが必要です。提出書類の量や手続き・報告等の煩雑さ、技術情報の流出に対する懸念をよく耳にしますが、国の税金を使わせていただくための手続きだと思って、手間を惜しまず、ルールに沿ってきちんと対応するだけですので、中小製造業にとって最も堅実な資金調達の方法だと考えています。

グローバル展開

木下 日本では金型の三種の神器、品質・納期・コストで勝負をされてきたと思います。海外では、コストと納期が最優先されるという話も聞いています。

海外への市場に対して価値判断をどのように考えておられるのか、池上社長の海外展開のお考えについてお伺いしたいと思います。

池上 池上金型が得意とする中大型の家電・自動車向け意匠部品は、ほとんどが海外での量産用で、大きさとサービスの優位性だけでは、輸送費や現地でのメンテナンス費用を含んだ日本の金型価格を客先に認めていただくことは不可能です。現在は韓国価格、場合によっては中国と同等価格での受注競争をしているので大赤字です。

もう一つの柱である精密型(医療器具・食品容器)は、かろうじて国内で量産が行なわれていますが、逆に一桁ミクロンの精度ですから、職人による調整の部分が非常に少なく、工作機械と工具の進化により、一夜にして装置産業化が進む領域すなわちアジアの金型メーカーのターゲットとなっています。

そこで、金型メーカーとしての生き残りを賭けて、国内で製品の量産や試作が行なわれている分野(内需)をターゲットに、お客様が実現できていない技術的な課題(新しい樹脂、今まで金属だったものが新たに樹脂化される製品、量産工程やサイクルタイムの大幅な短縮、意匠面の微細加工等)に対応する高機能金型の研究開発や生産技術開発に取り組み、高付加価値のある製品・技術を国内で育成し、これらを国外においても展開することを模索しています。

国内のお客様の課題を解決するソリューション提案は、付加価値として認めていただけます。しかし、国内の要件に比べアジア市場における技術的な要望は少なく、付加価値となりません。

今は、ベトナム・インド・インドネシアと言われていますが、これはコストで見たグローバル展開のターゲットです。しかし、金型メーカーの場合には、製品を量産する拠点としての成熟化が進まないと、我々の出番がこないと思っています。手直しでいいという段階から、日本や欧米がそうだったように、成熟してくると金型で生産性をカバーしようという考えがでてきます。そうすると金型メーカーの技術とサービスに付加価値が付くようになります。

メキシコ・中国・タイは、製品の量産拠点としての成熟が進み、利益を上げている現地のセットメーカーや成形メーカーから高機能金型の製造とメンテナンスに対する需要が生まれてくるのではないかと期待しています。北米市場を見込むメキシコでは、当社は先駆者としての優位性があり、全世界と国内市場を見込む量産集積地の中国では、技術者が日本から空路半日で行ける利便性があります。展開を予定しているタイでは、東南アジア市場を見込む日系セットメーカーの集積と成長に期待しています。

弊社の海外展開のキーワードは、「国際分業」「金型の総合救急病院」「自立」です。

日本に対するシナジー効果を期待しながらの展開では、うまくいかないと思っています。日本・北米・中国・タイの4所で、現地法人を中核とする国際分業を展開して、現地との価格(コスト)格差を是正しつつ各地域のマーケットに対応し、現地で他社製の金型も含んだ金型の修理と改造を引き受ける金型の総合救急病院としてやっていく、という方針でとにかく自立させる。これが弊社の基本的なグローバル方針です。

メキシコは、現地で試行錯誤しながら我々独自で10年以上やってきました。ところが、中国や東南アジアでは、全く経営者の発想が違います。彼らの企業経営の目的は金儲けですから、私は中国、台湾、韓国のアグレッシブな経営者にはとてもかなわないと思っています。ですから、アジアではまずパートナーを見つけることが最初のステップです。また、アジアの人たちと日本人を比較してみると、日本人だけが海外という壁にぶつかっているように思えます。別の国で生きていくことの覚悟を決めている人たちと、海外に出ていっても日本人の中で生きたい我々との差を感じています。

木下 そうですね。

池上 日本人は自分の文化を非常に大切にします。言い方を変えれば、相手の文化を許容することが難しい。そういうふうに見えてしまいます。 Global展開においては、日本人の良いところが弱点となるかもしれません。50歳になる前に一生に一回くらい勉強をしようと夜間と土曜日の大学院に通いました。

客先のニーズに対してこたえていくというのが、我々のような受注生産型の企業にとっては、絶対に必要な発想です。ところが、我々日本の金型メーカーは技術の優位性を強調するばかりで、一番肝心なマーケットをどこにするか、どういう分野に向けるか、を避けて通っています。経営を考えたときに、技術と方向性をセットにしないと、会社で蓄積してきた技術力が活かせず、独り善がりになる。技術と対価をいただける環境をセットにという意識を大学院で学びました。

技術を活かして、会社が生きる道を開きたい。日本の企業は技術では勝つのに、なぜビジネスでは負けてしまうのか、という観点から考えるようになりました。

NDESへ

木下 私どもは、CAD/CAMというパッケージを持っていますが、金型のことを知っているかというと、システムを提供する側ですからお客様の中まで立ち入れないですし、知ることも難しいというジレンマがあります。ブレークスルーするような提案なり、一緒に何かやれるような機会はないかと考えています。

池上 ものづくりに入り込むというのは難しいですし、特にハードとソフトを売ろうとする立場ではなおさらです。

金型はものづくりの、特に量産のツールですが、CAD/CAMもお客様に課題があってたどりつけない部分をカバーするためのツールということでは、金型と同じです。ものづくりの経験があり、技術的な立場でやってこられた方であれば、今必要とされている金型や成形の技術的な課題をご存知のはずです。そういう方から情報をお取りになって、世界と戦うための技術的な課題を情報システムを使ってクリアーするという提案をしていただけると、おそらく日本を含め世界中で使われると思います。

3次元CAD/CAMと、解析やラピッドプロトタイピング(特に金属系)から意匠面の微細加工までを一貫して使っていくシステムあたりは、私もNDESさんと一緒に構築していきたいと考えています。

木下 我々も30年やってきてスタート時期の戦略と、今のこのような時代の戦略と変わってきていますので、今日のお話はずいぶん参考になりました。本日は、まことにありがとうございました。

会社プロフィール

本社
本社

池上金型工業株式会社

URL http://www.ikegami-mold.co.jp/(外部サイトへ移動します)

創業 昭和9年10月(法人設立:昭和20年5月)
本社 埼玉県加須市豊野台2-664-8
従業員 190名
事業内容 1.プラスチック成形用金型設計・製作
2.ニッケル電鋳製品製作
3.各種金型標準・特注部品販売
4.精密特殊加工