人とシステム

季刊誌
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No.72 | 社長インタビュー
学生の自主学習をサポートし、
ものづくりを楽しむ空間「夢考房」
金沢工業大学 プロジェクト教育センター所長 教授 工学博士 松石 正克 様 金沢工業大学
プロジェクト教育センター所長
教授 工学博士
松石 正克 様

石川県にある金沢工業大学には、学生の創作活動の支援を行う「夢考房」があります。「夢考房」では、様々な分野の専門技師が常駐しており、ものづくりに関するアドバイスを行うとともに、工作機械・実験設備・組み立てをするための個別ブース・工具室・部品を販売するパーツショップ等を設置し、学生のものづくりをサポートしています。

今回は、金沢工業大学の考える教育について、また「夢考房」と「夢考房」がバックアップするプロジェクトのひとつであるソーラーカープロジェクトについて、プロジェクト教育センター所長の松石正克教授にお話を伺いました。

産学協同で技術者の育成

NDES 代表取締役社長 木下 篤
NDES
代表取締役社長
木下 篤

木下 まずは、金沢工業大学の歴史についてお伺いしますが、私学の工業大学をこの北陸の地に作るということは、よほどの思いがあったのではないでしょうか。

松石 創立者の泉屋利吉が、これからは電波と通信の時代だ、ということを唱えて1957年に北陸電波学校を開校したのが始まりです。その後、1962年に金沢工業高等専門学校を開校し、それが今の金沢工業大学の前身になります。そして、1965年に設立した金沢工業大学は、まもなく創立50周年を迎えます。

木下 どのような理念のもとに創立されたのですか。

松石 創立者の泉屋利吉には、日本の将来に技術者は欠かせなくなるという考えがありました。その技術者の育成を通じて社会に貢献するということが建学の理念です。そして、「人間形成」「技術革新」「産学協同」を掲げ、人材育成と産学一体の学術探究を目指しています。

教育付加価値日本一の大学に

夢考房
夢考房
工具室
工具室

木下 北陸地方にある大学が学校運営を行っていくには、学校の特徴を打ち出していく必要があると思うのですが、どのような取り組みをされているのですか。

松石 四年間の教育を通して学生のレベルアップを図ることを教育目標としており、「教育付加価値日本一」というキャッチフレーズを掲げて教育に取り組んできました。そして、1990年代に入りもっと目指すべき大学を具体化するために、大学改革に取り組みました。

木下 大学改革とは、具体的にどのような取り組みをしたのですか。

松石 大学の授業は年間160日しかなく、残りの205日は休みになります。その休みも含めて一年を通じキャンパス内で有意義な活動ができる環境を整えれば、学生が自主的に学習することができると考え、大学改革の一環として1993年に「夢考房」を設立しました。

その後、現理事長の泉屋利郎が、1996年に大学としての具体的なビジョンを明確にするため、海外の大学を参考にしようと、延べ150人の教職員を海外に派遣しました。

そこで分かったのは、大学には研究と教育の二つの役割があり、良い教育を行うことが重要で、その教育が結果的に研究と結びつくということです。

それまで日本の大学は、とにかく研究だと言われており、教育については、学生が自ら学ぶことであるとされていたので、金沢工業大学はそこを変えようと考えました。

自主的な学習を支援する場所、夢考房

学生スタッフの製作物
学生スタッフの製作物
夢考房の設備で作業中の学生
夢考房の設備で作業中の学生
講習中の様子
講習中の様子
夢考房の作業室
夢考房の作業室

木下 大学改革の一環で、学生の自主的な学習を推進するための場所として、夢考房が作られたのですね。

松石 夢考房には、ものづくりのアドバイスを行う技師や必要な設備、材料等を学校で揃えているので、夢考房に行けば、いつでも必要な材料を購入し、専門家の助言を受けながらものづくりができます。これにより、学生自身の手で工学的なアイデアを具体的なものという形に変えることができ、年間を通じて自主的な学習ができると考えています。

木下 具体的にはどのような活動を行っているのですか。

松石 夢考房プロジェクトという学生の創作グループを作り、学生を主体にした活動を行っています。各プロジェクトでは、ソーラーカーレースや鳥人間コンテストなど、さまざまな大会に参加しています。そうした大会で優勝したいという学生の思いを実現するには、技術レベルの向上が欠かせません。それには、未履修の科目が必要になることや専攻と異なる技術が必要になることもあります。そのため、基礎講習会やスキルアップ講習会を年間300回以上行っています。内容は旋盤、溶接、回路設計、板金などで、いつでも受講できるように授業終了後の17時45分~20時45分までの3時間、毎週開催しています。

また、最近の学生は自分の手でものを作った経験が少ないので、経験不足から怪我をすることがあります。そのため安全講習は全員が受講することになっており、これを受講しないとほかの講習会に参加できません。

木下 いつでも自主的な活動ができる場があるというのは、素晴らしいことですね。

松石 手を動かすことと考えることをひとつにすることが重要です。「こうぼう」というと、一般的には「工房」と書きますが、夢考房ではあえて「考える」という字を使っています。英語ではFactory for dreams and ideasと表記しており、海外で説明するときには、Dream、Innovation、Workshopと言うとよく理解してもらえます。

木下 どのくらいの学生が夢考房を利用しているのですか。

松石 年間で延べ9万人~10万人の学生が利用しており、学生の約50%が、年に一度夢考房を利用していることになります。来るものは拒まず、ということが夢考房の基本的な考え方で、2012年から夢考房プロジェクトに参加する学生が非常に増えています。

木下 夢考房では、どのようなプロジェクトが活動しているのですか。

松石 現在、15のプロジェクトがあり、それぞれの目標に向けて活動をしています。(表1)

一部を紹介すると、人力飛行機プロジェクトでは、琵琶湖で毎年開催されている「鳥人間コンテスト」に参加していて、2013年大会では人力プロペラ機ディスタンス部門に出場し、523.09メートルを飛行して5位という結果を残しました。

また、ロボットプロジェクトでは、「NHK 大学ロボコン」の2013年国内大会で優勝して、日本代表に選出され、世界大会の「ABU ロボコン」に出場しました。その結果、機器の故障や、国内とは異なる会場の条件に悩まされながらも、それらを克服して見事世界一になりました。

そして今回は、これらのプロジェクトの中から、ソーラーカープロジェクトについて紹介をします。

表1 夢考房プロジェクトが取り組んでいる技術
表1 夢考房プロジェクトが取り組んでいる技術

手作りのソーラーカーでレースに出場

木下 ソーラーカープロジェクトの概要や取り組みを教えてもらえますか。

松石 太陽電池で発電しながら走行する車を自分たちで設計・製造し、国内外のソーラーカーレースに出場しているプロジェクトです。2013年はオーストラリアで開催された国際レースの「World Solar Challenge 2013:以下、WSC」に、2001年以来、12年ぶりに出場しました。

木下 WSCは、当社も協賛させていただいた世界大会ですね。どのような大会なのでしょうか。

運営委員・電気部リーダー 電気電子工学科3年 坂口 諒 様
運営委員・電気部リーダー
電気電子工学科3年
坂口 諒 様

坂口 WSCは、世界最高峰のソーラーカーレースで、オーストラリア北部のダーウィンから南部のアデレードまでの3,000キロを走行することから、非常に過酷なことで知られています。

大会は、10月6日にスタートし、10月11日にゴールが予定されており、世界16ヶ国22チームが参加しました。

松石 日本からは金沢工業大学を含め、3チームがエントリーし、すべて大学のチームでした。

ただ、大学のチームとはいっても、企業の全面的なサポートを受けているチームがあるなか、金沢工業大学は、車体から電気回路にいたるまで、自分たちで作れるものは全て作るというスタンスでソーラーカーを製作しています。

手作りのソーラーカー
手作りのソーラーカー
WSCのコース(赤線が自走、青線がトランスポートした箇所)
WSCのコース
(赤線が自走、青線がトランスポートした箇所)

坂口 自分たちだけですべて作り上げるのは大変ですが、とてもやりがいがあります。電気系と車体系に作業を分け、プロジェクトメンバー全体で設計と製造を分担して、どうしても作れない部品のみ購入しました。

木下 なぜ、12年もの期間を経て、出場することになったのですか。

松石 WSCでは、1999年に総合5位、日本勢で1位の成績を残しています。しかし、宇宙用に製作された高額で高性能な太陽電池を使ったチームが優勝するようになり、太陽電池の性能と順位が比例する状況が続いたため、2001年に2度目の出場をしたあとは参加を見合わせていました。高額で高性能な太陽電池を使用したソーラーカーでは、レースの平均速度が毎時100キロメートルを超えるようになってきたので、大会運営側が2011年度からレギュレーションを大幅に変更しました。その結果、お金をかけなくても勝負ができるようになりました。その後、企業から部品の供給や技術支援を受けられるようにもなり、国内のレースでもよい結果を残せるようになったので、今回、世界に挑戦することにしたのです。

WSC オーストラリア現地チームのみなさん
WSC オーストラリア現地チームのみなさん

3,000キロを走りきるための工夫

太陽の方向に太陽光パネルを向けて充電中
太陽の方向に太陽光パネルを向けて
充電中
一般道を走行中のソーラーカー
一般道を走行中のソーラーカー

木下 3,000キロもの距離を走りきるために、どのような工夫をしたのでしょうか。

坂口 途中のチェックポイントの関係で完走には平均時速60キロ以上が必要となるため、効率よく太陽電池を使わなければなりません。今回からのレギュレーション変更で、4輪車のみエントリーが可能となったため、従来のソーラーカーに多かった3輪車と比較すると転がり抵抗が悪化しています。そのため、車体の軽量化と太陽電池の活用効率の向上がポイントになります。

軽量化については、レースに不要な機能は極力排除することで実現しています。例えば、外気温が最高42度の環境を走ることになるため、コックピットは非常に暑く、ドライバーには過酷な状況となるのですが、重量やエネルギーロスを考え、エアコンは付けていません。

木下 太陽電池の活用効率向上については、どのような工夫をされたのですか。

坂口 ソーラーカーの走行中は太陽に対して太陽光パネルを垂直にできないため、受光効率は100パーセントを望めません。また、雲が出るなどの天候変化によって発電効率が低下してしまうため、その対策として、太陽電池で発電した電気を効率よく利用することができるMPPT(Maximum Power Point Tracker)という装置を製作しました。

この装置は、太陽電池の発電効率が落ちた場合でも、太陽電池からバッテリーに電力を供給する際に、発電効率の変化に合わせて太陽電池の性能を最大限に活かせるよう制御できます。

木下 無事完走を果たせたのでしょうか。

坂口 大会6日目の10月11日に自走で無事ゴールできましたが、残念ながら3,000キロすべてを完走するという目標は達成できませんでした。コースにはチェックポイントが設けられており、定刻までに到達しなければなりませんが、予期しないトラブルなどで平均速度を上げられず、ソーラーカーをトラックに積んで900キロあまりをトランスポートすることになりました。しかしながら、最終結果として2,087キロ(大会ウェブサイトの公式記録は2,564キロ)を走行できたことは大きな自信になりました。

プロジェクト教育センター 主任技師 夢考房 技術・教育係長 坂本 巧 様
プロジェクト教育センター
主任技師
夢考房 技術・教育係長
坂本 巧 様

坂本 12年前の大会ではチェックポイントの閉まる時間が今大会ほど厳しくなかったので、平均時速をあまり気にせず自分たちのペースで走行することが可能でしたが、今回は平均時速60キロ以上で走行しないと時間的に間に合わないコース設定がされていたため、厳しいレースになりました。

木下 3,000キロを走破するとなると、重量や摩擦、空気抵抗などを計算して、かなり限界まで突き詰めた設計になっているのでしょうね。そうしたことから、トラブルも発生したのでしょうか。

坂口 レースのスタート前にMPPTが故障しました。国内でテスト走行を行い、検証をしたのですが、十分ではなかったのかもしれません。なんとか現地で修理をしてスタートすることができました。根本的な原因は、まだ検証中ですが、オーストラリアの日射量が日本よりも多く、設計した以上の発電量になったことが原因ではないかと考えています。

また、レースは一般道を使って行われていたため、スタート直後に道路工事が2箇所あり、10分程度の停車を余儀なくされました。停車していた分を取り戻すために平均時速を上げたのですが、時間までにチェックポイントに到着できず、トラックでソーラーカーをトランスポートしました。事前に工事中の箇所があるという情報もなく、予想していなかったので悔しかったです。

木下 時間やものの制約がある中で状況を判断し、対応を考えることが必要になりますね。実際のレースの中での経験からは、単にソーラーカーを作るだけでは得られない知見が得られたのではないでしょうか。

松石 おっしゃるように、自分たちで設計、製作し、テストをして、実際に動かすまでの間に、さまざまな経験ができます。ものを作る場合、ご存じのようにニーズや市場などを調査して、基本設計や詳細設計を行い、試作後はテストをして、そのトラブルシューティングをした後、改良を施してやっと製造となります。そのすべてのプロセスを経験してこそ、一人前の技術者になれるわけですが、そうした一連の工程を、ソーラーカーを製作してレースに参加する過程で経験できます。

木下 実際に経験することは重要ですね。経験がなく、リアルなものづくりがどのようなものか、理解しきれていないままの学生が多く、バーチャルなグラフィックスや3Dはよく理解しているが、実際にものを組み立てることについては表面的にしか知らない学生が多いと、我々のお客様からも耳にすることがあります。夢考房プロジェクトにより、座学だけでなく、実際のものづくりを経験している学生がほしいという企業は、数多くあると思います。

松石 プロジェクトを経験した学生が、そうした現場で活躍してくれたら嬉しいですね。

ソーラーカーレースの今後の目標

木下 今後の目標は完走ですね。

坂口 今回の挑戦でもトラブルがなければ完走できると考えていたので、2年後の2015年大会ではノートラブルで完走することが目標です。WSCに出場した車両は、2011年の国内大会で、電気系のトラブルでリタイアとなった経験があります。それで、今回は絶対に電気系のトラブルを起こさないようにするため、さまざまな企業から支援をいただいて、ノイズの低減や配線の適合化などを進め、トラブルが起きない設計を進めてきましたが、MPPTの故障や道路工事などの予期しないトラブルで完走を果たせず、とても残念です。

木下 構造や車体重量、太陽電池とバッテリーなど、今以上に設計に工夫が必要になってきますね。

松石 ものづくりのプロなら、例えば車であれば年間1万キロ走り10年間の耐久性を考えるとどのような設計をすべきか、という知見を経験から持っています。しかし学生は、そうした知見や経験則がない状態で、とにかく軽量化を目指して設計したので、壊れやすい車になったということは言えると思います。

坂口 構造的な面では、解析ソフトを使ったシミュレーションを行っていますが、大変難しいです。

木下 実際に作ったものについて、一定の制約下での走行状態をシミュレーションし、さらに実機でテストしながら改善していく過程は、複数の学問が結びついていく過程でもありますね。

松石 その点は、まさに我々が行っている教育にもつながります。授業で行う教育だけでなく、ものづくりの現場に必要な安全性や設計思想なども身につけた学生を、世に送り出していきたいと考えています。

企業による支援で技術レベルの向上

坂本 プロジェクトでは、多くの企業からノウハウ提供や支援をいただく中で、かなり厳しく指導していただいており、学生が非常に鍛えられていると感じます。指導側の企業から要求されるレベルのものを学生が準備できておらず、叱られることがあり、そうすると学生は、次までに間に合うよう必死でがんばって準備します。そこでは、実際の仕事の厳しさも含めて指導していただいているように思います。

木下 支援というと暖かく手を差し伸べるというような印象を持ちますが、そうではないのですね。

坂本 企業に支援や協力を依頼するときは、ただ部品を作っていただくといったことではなく、学生に対する指導もお願いしています。協力いただく中で、例えば、何を作っており、その過程でどういったことで困っているのかということを学生が説明しますが、経験が足りないために、うまく説明ができないと、その説明では分からないと結構厳しく指摘されます。そうしたことを繰り返していく中で問題点が明確になり、学生にとっては技術的な知識や知恵を得るだけではなく、その経験自体が貴重な学びになっていると思います。

木下 2015年大会にチャレンジの際は、当社としても、技術面でも支援させていただき、日本のものづくりの未来を担う学生の挑戦を応援できればと思います。

本日はお忙しいなか、ありがとうございました。

学校プロフィール

キャンパス
キャンパス

学校法人金沢工業大学

URL http://www.kanazawa-it.ac.jp/(外部サイトへ移動します)

所在地 〒921-8501 石川県野々市市扇が丘7-1
創立 1965年4月1日
理事長 泉屋 利郎
学部 工学部、情報フロンティア学部、環境・建築学部、バイオ・化学部
学校理念 高邁な人間形成、深遠な技術革新、雄大な産学協同