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No.82 | 社長インタビュー
海上における安全と海洋環境の汚染防止に尽力
基盤技術で造船・海運業界を支援する第三者機関
一般財団法人 日本海事協会 開発本部 本部長 工学博士 重見 利幸 様 一般財団法人 日本海事協会
開発本部 本部長
工学博士 重見 利幸 様

1899年創立の日本海事協会(ClassNK)様は、117年の歴史を有する船級協会であり、船舶の安全と海洋環境の保全に期することを目的とする第三者機関です。主に船舶に関する技術規則を開発するとともに、これら規則または国際条約などに基づき、図面の審査や船舶が建造され良好な状態が維持されていることを検査・確認しています。また、研究開発も活発に展開し、独自の課題に対する研究開発や業界要望による共同開発に取り組んでいます。同協会の開発本部本部長の重見利幸様と船体開発部主管の佐々木吉通様に、船級協会の歴史や業務内容、強み、今後の展開などについてお話を伺いました。

喫茶店を舞台に始まった船級協会

NDES 代表取締役社長 木下 篤
NDES
代表取締役社長
木下 篤

木下 そもそも船級協会とはどういう役割を担う機関なのでしょうか。

重見 船級協会は船の安全性を評価する中立的な第三者機関で、自動車に車検があるように、船舶の検査を行います。ClassNKは海上における人命と財産の安全および海洋環境の汚染防止を使命としており、船級協会として規則を制定し、設計図の図面審査および建造中と就航後の検査を実施しています。船舶には、造船所、船主、荷主、保険会社をはじめ、多くの関係者が存在します。船級協会はこれら各者の利害に関わらない第三者の立場から、公正なサービスを提供する機関です。

木下 船級協会の歴史は古い、と伺っていますが、どのような歴史があるのでしょうか。

重見 船級協会は1680年代に、ロンドンのテムズ川沿いにあったエドワード・ロイド氏のコーヒーハウスから始まりました。当時、荷主はどの船に荷物を積めば安全に運ぶことができるか判断するために、船舶に関する情報を求めていました。ロイド氏が海運に関する情報を集め、提供していたおかげで、コーヒーハウスには船乗りや海運業者、海上保険を扱う保険業者が集まるようになりました。

海上保険業者は、保険料を決めるためには船の健全性を知らなければならず、公平な視点でそれを評価する独立機関が必要です。そのために、出入りしていた保険業者で船舶の等級付けを行う委員会が結成され、それが船級協会へとつながってきました。

その後、1760年には、世界最初の船級協会であるロイズ船級協会がロンドンで設立され、船舶検査と船級の付与、船舶の登録を行いました。それに基づいて、1764年に登録した船を公開する初めての船名録(レジスターブック)が発行され、1834年には船舶の検査や船級に関する規則が作られたのです。

欧米には歴史のある船級協会が多くあります。ロイズ船級協会の後、1828年にフランス船級協会(BV)、1861年にイタリア船級協会(RINA)、1862年にアメリカ船級協会(ABS)、1864年にノルウェー船級協会(DNV)、1867年にドイツ船級協会(GL)と続き、1899年に帝国海事協会(現 日本海事協会、ClassNK)が設立されました。

これらの船級協会に、中国、クロアチア、インド、韓国、ポーランド、ロシアの各船級協会を交えて構成されているのが国際船級協会連合(IACS)です。IACS加盟協会に登録されている船舶は、総トン数ベースで、世界全体の船腹量の約95%を占めています。

船級業務と旗国政府の
代行機関としての業務を実施

木下 船級協会の重要な業務の一つに船舶に資格、つまり「船級」を与える船級業務がありますが、なぜ「船級」が必要なのでしょうか。

重見 貨物船や旅客船のような商船と呼ばれる商行為のために運航される船舶には一般的に保険がかけられます。船舶は、種類によっては300mを超えることもある巨大な構造物です。また一度に多くの積み荷を運ぶことができるので、船舶および積み荷に対する保険料が高額になるのが一般的です。万一事故があった場合には保険会社1社では対応できない場合があるためロイズ保険のような再保険の仕組みもありますが、いずれにせよ船舶の安全性の確保は、保険をかける上での重要なファクターになります。

また、保険以外にも、船舶はさまざまな国の港に寄港するため、その国の基準を満たす必要があります。各国の安全基準がバラバラだと、一番厳しい国の基準に合わせないと航行できません。そこで、各国のどの港に寄港しても、少なくともこれだけを満たしていたら大丈夫だという基準が国際条約として取り決められています。船級協会は、さまざまな国際条約で要求される検査や条約への適合を証明する証書の発給を各国政府に代わって実施する業務も行っています。

そのため、一般的に商船は、利害に関わらない第三者の立場により船舶の安全性、国際条約への適合を確認する船級協会への登録が行われています。

木下 具体的に船級協会はどのような業務を行っているのでしょうか。

重見 大きく分けると二つになり、船級協会が独自に制定した規則へ船舶が適合しているかどうかを検査する船級業務と、船舶が船籍を有している旗国政府の代行機関としての業務になります。

船級業務は、主に技術規則の開発、図面審査、建造時や就航後の船舶検査、船級証書の発給、レジスターブック発行の五つです。まず船舶の設計段階で、技術規則を満足しているかどうか、必要に応じて構造解析を含めた図面審査を行います。そして、建造現場で承認図面通りに船が建造されているか検査をします。図面通りかつ適切に建造されていれば、引き渡し段階で船級証書を発給します。船は長期にわたって航行するので、5年に一度の定期検査、2~3年に一度の中間検査、毎年行う年次検査などで良好な状態が維持されているかどうかを確認します。また、船級が登録および維持されている船舶を公表するため、レジスターブックを発行しています。

これらは船舶に対する船級業務の内容になりますが、船舶に使用される材料、機器さらには造船所や機器を製造する事業所の審査、承認も大きな船級業務の一つです。

建造ドックにおける検査風景
建造ドックにおける検査風景

木下 もう一つの旗国政府の代行機関としての業務はどのようなものなのでしょうか。

重見 船級における代行機関としての業務は、1912年のタイタニック号事故を受け、1914年に採択された船舶の安全性を確保するための条約「海上人命安全条約(SOLAS条約)」で、船舶の検査が不可欠になったことに端を発します。国際条約は人命および船舶の安全、海洋環境の保護、海事保安などを目的に制定されており、171カ国が加盟して、ロンドンに本部を置く国連の専門機関である国際海事機関(IMO)で、制定や改廃が行われます。その他の条約で代表的なものには、過積載で船舶が転覆した事故を契機に、船舶に十分な浮力の余裕を持たせることを目的として制定された「国際満載喫水線条約(ILL条約)」や、油タンカーの事故による海洋汚染を防止すべく制定された「海洋汚染防止条約(MARPOL条約)」などがあります。

船舶は国籍を持ち、その船籍国が旗国となります。船級協会は各旗国政府から代行権限を得て、これら国際条約などに基づき検査、証書を発給しています。ClassNKの場合は、世界100以上の旗国政府から代行権限を取得しています。

木下 世界100以上の国からとは大変な数ですね。ClassNKは世界中に展開しているのでしょうか。

重見 ClassNKは、国際的な船級協会として全世界に広がるサービスネットワークを構築しています。2016年5月時点で専任検査員事務所は全世界131カ所に配置し、世界中で建造・航行する船舶の検査をグローバルに対応しています。また、東京本部に加え、釜山、上海、シンガポール、イスタンブール、ムンバイの6カ所に図面承認センターを開設しており、迅速な図面審査業務を実施しています。国内では、主要港と造船所の多い地域の計19カ所に検査拠点を設け、業務を行っています。

その結果、ClassNKの船級船は、2016年4月末の時点で、9263隻、約2億4388万総トンになりました。現在運航されいずれかの船級協会に登録されている世界の商船総船腹量の約20%が、ClassNKに登録されている船舶となります。

木下 ClassNKが船級検査や条約検査を行う船舶にはどのようなものがありますか。

重見 石炭や穀物などを運搬するばら積貨物船、油や液体化学物質を運搬するタンカーのほか、コンテナ運搬船や液化ガス運搬船、自動車専用運搬船など貨物船から客船まで、さまざまな種類の船舶がClassNKに登録されており、検査を実施しています。さらに有人潜水調査船「しんかい6500」や、洋上風車の船級検査も行っています。

ばら積貨物船と油タンカーは
船級協会の共通規則で建造

洋上を航行するばら積貨物船
洋上を航行するばら積貨物船

木下 ClassNKをはじめとする主要な船級協会で構成されるIACSとは、どんな役割を果たしているのですか。

重見 IACSでは、海事業界全体に関わる事項を船級協会の立場から、議論・検討を行っています。例えば、各船級協会が別々に規則を持っていると、ほかの船級に登録する際には設計をし直す必要が出てきます。そこで、主要船級協会で基本的な部分を共通化し、船舶を建造できるよう統一的な規則の開発も行っています。

木下 この数年、船殻構造の設計に関し、コモンストラクチャールール(CSR:共通構造規則)という形で、設計時に守られなければならないルールを共通化しようという動きが生まれています。構想はいつから出てきたのでしょうか。

重見 この構想は2000年ごろに発生した重大な海難事故の経験を受け、IACSで構造規則の共通化プロジェクトが開始され、2006年にばら積貨物船と油タンカーに関するCSRをそれぞれ制定しました。その後、これらばら積貨物船と油タンカーのCSRにおける荷重などの技術要素を調和化するプロジェクトが開始され、各CSRの発展版であるいわゆる調和CSR(ばら積貨物船及び油タンカーのための共通構造規則)が作られました。調和CSRの作成には、数年を要しました。

木下 船級承認の経験が豊富にある造船所は、自分たちで十分に対応可能かもしれませんが、造船所の規模によっては、調和CSRのような新しい規則での設計は、なかなか難しいのではないかと思うのですが。

重見 確かに自社だけでは難しいように思います。昔の計算は電卓を使っていましたが、ある時期からスプレッドシートでマクロを組むようになりました。しかし、調和CSRとなると計算量が膨大で、専用のシステムがないと対応できません。

そのために、各船級協会は調和CSR対応ソフトウエアを用意しています。ばら積貨物船と油タンカーについては構造規則が共通化されたので、船級協会の中で規則の差異がなくなりました。そこで調和CSR対応ソフトウエアが各船級協会の特徴を出す場になりつつあります。

開発本部 船体開発部 主管 佐々木 吉通 様
一般財団法人 日本海事協会
開発本部 船体開発部
主管 佐々木 吉通 様

木下 ソフトウエアの差異化ポイントとしては、どんな点が上げられるのでしょうか。

佐々木 船級協会が提供するソフトウエアは、一般的には造船所が設計した構造寸法や配置が船級協会の規則に合っているかを評価するツールとされます。ClassNKでは、それに加えて、調和CSRに基づいて設計する設計者を支援するツールを上流工程で用意しています。

ClassNKの調和CSR対応ソフトウエア「PrimeShip-HULL(HCSR)」は、船殻設計者向けの設計支援ツールとして機能の開発・改良を進めており、油タンカーやばら積貨物船のための調和CSRによる船殻基本設計の効率化を支援しています。例えば、主要な商用3次元CADシステムとのインターフェースや、3次元構造解析モデル自動生成などにより、煩雑な入力作業がより簡易になりました。また、ケーススタディー機能や要求寸法を自動計算する機能などにより、初期設計の段階における鋼材の合理的な寸法の検討をサポートします。特に商用3次元CADシステムのデータ取り込み機能は、NDESの3次元船殻CAD/CAMシステム「GRADE/HULL」をはじめとする共同開発の成果を取り入れて実現しました。

調和CSRでは、これまでの規則に比べてより多くの計算、評価が必要になっています。ClassNKとしては、船殻設計者にとって使いやすく設計工数の削減に寄与できるような対応ソフトウエアの開発を引き続き行っていく予定です。

また、ソフトウエアの機能強化だけでなく、問い合わせサポートやソフトウエアの実習セミナー、要望に応じた個別トレーニングなども行っており、ソフトウエアサービス全体として船殻設計者をサポートしています。

PrimeShip-HULL(HCSR)の画面例
PrimeShip-HULL(HCSR)の画面例
調和CSRでは、三つの貨物倉単位で構造解析を行い、この構造解析を貨物倉の数だけ行う必要がある。
PrimeShip-HULL(HCSR)の画面例
PrimeShip-HULL(HCSR)では、この構造解析を一括して自動実行する機能があり、設計工数削減につながる。

検査業務だけでなく
幅広い技術サービスも提供

木下 ClassNKでは技術サービスについて特に力を入れているそうですが、具体的に教えてください。

重見 ClassNKは、1世紀以上の業務を通じて蓄積した高い技術力と知見を基に、船舶の設計時、建造時、就航後の各フェーズにおいて有用なサービスを展開しています。

設計段階においては、船体や機関の設計に利用される各種ソフトウエアや計算サービスを提供しています。先ほど紹介した「PrimeShip-HULL(HCSR)」もこのサービスの一つとなります。建造段階では、国際条約の要求事項である船体に使用される塗装状態の管理や速力試験の解析を行うツールを提供しています。就航後の運航段階においては、保守管理を支援する情報サービスの提供だけでなく、緊急時技術支援サービスも実施しており、24時間体制で船舶の事故などに対応しています。これは、万が一の事故発生時に船舶の強度、復原性などに関する計算を行い、船主に技術的なアドバイスを行うものです。

近年では、最適な運航を支援し、燃料使用量の削減、ひいては環境保護につながるソフトウエアの開発や、船舶の運航に関わる多様なデータ、いわゆる船舶ビッグデータの有効活用を推進するためのプラットフォームの構築にも力を入れています。

その他、船舶関係の技術コンサルタントや材料試験機の検査、船舶の建造・保守をテーマとした研修サービスのClassNKアカデミーや、各種最新技術トピックに関する技術セミナーなども行っています。

これらのソフトウエアやサービスを通じ、船舶の一生におけるあらゆる段階において、安全確保と海洋環境保全に寄与できると考えています。

エネルギー効率証書の発給や
研究開発の取り組み

木下 船舶の燃料が重油ということで、環境問題、特に地球温暖化への対策に取り組まれていると伺いましたが、どういった取り組みでしょうか。

重見 2015年11月に、COP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)において採択されたパリ協定により、できるだけ早い時期に世界のCO2総排出量の増加を止め、今世紀後半には実質的にゼロとすることを目指すことが決定されました。船舶は世界中を航行するので、国際海運からのCO2排出量削減策についてはIMOが主導していくものと認識されています。

IMOでは、船舶が1トンの貨物を1カイリ運ぶのに排出するCO2の量を指標化したEEDI(エネルギー効率設計指標)を定めています。EEDIには規制値が設定され、クリアした船舶に対して、国際エネルギー効率証書が発給されます。これも条約検査ですから、いくらほかの規則を満たしても、EEDI証書を取得できない新造船は航行することはできません。

木下 その他の研究開発面の取り組みはどうですか。

佐々木 研究開発にはClassNK独自の課題に関するものと、業界要望による共同研究の二つがあります。業界要望による共同研究については、これまでに300件以上のプロジェクトが完了もしくは実施中であり、例えば舶用機器から得られるセンサーデータを自動で分析することで、機器の状態監視や異常検知を図るシステム「ClassNK CMAXS」などのICTの活用、また、CFRPプロペラ(炭素繊維強化プラスチック製プロペラ)の開発などの新素材や新技術の適用に関する研究開発など研究テーマは多岐にわたります。なお、CFRPプロペラは世界で初めて日本のタンカーに搭載され、推進効率の向上を達成しています。

基盤技術の研究で
造船・海運業界を支援

木下 日本は造船技術で世界をリードしてきた歴史があるわけですが、その優位性をこれからどのようにして発揮していけるのでしょうか。

重見 燃費性能などの分野で日本の技術は非常に優れています。今までであれば、調和CSRのように、規則に合った構造物を設計・建造すればよかったのですが、EEDI認証のように、所定の性能を満たすことが要求される規制が出てきています。そうすると、従来よりもさらに高いレベルの技術が求められますので、日本の造船技術の優れた部分が大いに注目されるだろうと思います。

木下 最後にこれからの抱負をお聞かせください。

重見 ClassNKは世界最大級の国際船級協会として高い評価をいただいております。それには、日本の造船業界、海運業界全体が世界でトップの位置を築いていく中で、共に歩んできたという面があります。それを踏まえて、海運、造船、舶用メーカーなどを含めた海事クラスターの一員として、日本の海事関連産業のますますの発展に貢献したいと考えています。

具体的には、どの造船会社にも共通する基盤部分に取り組みたいと考えています。造船会社が競争に勝ち抜くには環境対応など先端的な部分で他社と差異化していくことが必要です。一方で、基盤的な部分が弱体化しないように、造船会社が共通に持つべき部分の技術の向上や、さまざまな研究を通じて、日本の造船・海運業界の技術強化へより一層、貢献していきたいと考えております。

さらに、世界中に張り巡らせたネットワークから得られた経験と実績を基に、IACSでの統一規則の開発やIMOでの国際条約の制定・改廃などの各種活動に積極的に参加し、世界における海運・造船業のさらなる発展にも引き続き貢献していきたいと考えています。

木下 我々も長年、造船業界で培った技術力を中心に、ClassNKで推進されているさまざまな取り組みをもっと支援していきたいと思っております。本日は大変貴重なお話をありがとうございました。

協会プロフィール

本部管理センター(東京)
本部管理センター(東京)

一般財団法人 日本海事協会

URL http://www.classnk.or.jp/(外部サイトへ移動します)

本部管理センター 東京都千代田区紀尾井町4-7
創立 1899年
業務内容
  1. 船級及び船舶の設備の登録
  2. 船舶の検査
  3. 材料、舶用機器、艤装品等の検査
  4. 安全管理システム及び船舶保安システムの審査登録
  5. 品質マネジメントシステム等の審査登録
  6. 技術サービス
  7. 研究開発
  8. その他この法人の目的を達成するため必要な事業

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