人とシステム

季刊誌
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No.9 | 社長インタビュー
次世代教育システム

略歴

人物写真
大阪府立大学
総合情報センター
教授 田村 武志 様

経歴

S42年東海大学工学部 電気工学科卒業
S57年東京電機大学 理工学部 研究生修了
S57年国際電信電話株式会社(KDD)入社
・CAI、遠隔教育システムの研究開発に従事
H7年KDD総研で情報通信ネットワークに関する調査研究に従事
H8年国際電信電話株式会社(KDD)退社
大阪府立大学 総合情報センター 教授に就任

学位

H6年9月19日 博士(工学)授与
学位論文:「マルチメディア通信による分散型教育システムの構築に関する研究」

研究テーマ

  • 次世代グローバル学習環境モデルの構築とその実証に関する研究
  • 教育CALSに関する研究開発
  • コミュニケーションエージェントによる遠隔講義環境の高度化に関する研究

人物写真
HZS
取締役副社長
増田 征二

HZS 教育CALS、遠隔教育など、現在の教育システムに関わる状況、次世代教育システムの研究についてお話いただければと思います。

教育CALS

田村 まず、教育CALSについてお話します。CALSの世界では、IETM (Interactive Electronic Technical Manual)という対話型電子技術マニュアルがかなり普及しています。その電子マニュアルが即教育の教材になるという人もいますが、そうではなくて、教育よりのアレンジメントが必要です。

もうひとつ大きな問題は、教育の中にコンカレントエンジニアリングという考えがないということです。製品を設計し開発して製造する。その後、製品が現場に導入されてから初めて、どういうトレーニングをするか、教育の議論が始まり、教材を開発します。それは、経済的にも工数的にも、マンパワーもかかり、非常にロスではないかと考えています。

設計開発するエンジニアが、メンテナンス、オペレーションを設計の段階から考えて欲しい。設計、開発、製造をコンカレントにやりましょうというのがCALSの世界です。そこに教育を是非入れてほしいというのが、教育CALSのフィロソフィーです。

挿絵
教育CALSの全体像

会社でも莫大な経費を投入してトレーニングマニュアルを作り、インストラクターを養成します。

そうではなく、設計開発段階から、教育に必要だと思われる知識にタグを付けていただく。それによって、タグの付いた知識が統合データベースの中に蓄積されます。そうしますと、現場に物が入ったときには、すでにある程度のトレーニングシステムが構築されているわけです。それを利用して教育のストラテジー(戦略)、教育の仕方を教育の専門家がアレンジメントしていくということを是非手がけてほしい。そんな主張が教育CALSです。これは理想であってなかなか現実の姿にはなっていません。

もうひとつ、設計開発のときにシミュレーターを開発し、確認作業に利用することがありますね。それは後でトレーニングシミュレーターとして使えるかもしれません。CALSのフィロソフィーに、再利用という考え方があります。これを生かして、開発が終わればシミュレーターを捨ててしまうのではなく、データベースに蓄積してトレーニングで再利用していくということが必要です。

挿絵
教育コース・教材開発とデリバリー

HZS 言語の標準を決めることも教育CALSの主たる目的でしょうか。

田村 そうですね、CALSの世界では、仕様書などをSGML言語で記述し、それを統合データベースに蓄積して、設計者、開発者、メンテナスの人が情報を共有します。教育を除く各パートでは、情報共有によって仕事を進めます。コンカレントエンジニアリングといいながら、一番大事な教育との関わりの部分を無視してCALSはあり得ないのではないでしょうか。

教育を長年やってきた人間として、設計開発の方に是非お願いをしたいのは、少しだけ教育に関心を持っていただいて、このシミュレーターは後で使えそうだと思ったら、データベースに入れていただく。そうすれば、教育教材を作ろうとする専門の方が、リソースを統合データベースから取り出してうまく組み合わせながら、電子教材を簡単に作成できます。

人物写真
HZS 取締役
山口 一

HZS 例えば、小学校で音楽を教える、それも教育ですね。教科書もありますし、過去の教え方もあります。
設計はしない、ある程度形も決まっている、そういう分野も研究の対象になっているのでしょうか。

田村 正直なところそこまでは及んでいません。

HZS そのようなことを研究されている先生はいらっしゃいますか。

田村 はい、感性情報処理すなわち人間の深いところに入った教育、感性ですね。それはもちろん教育の対象ですし、私が専門としている産業分野での教育も人間が相手ですから、やはり感性というのは非常に重要です。

HZS そういうときに、教育、電子教材は、どのようなツールで書くのですか。

田村 ビデオ、映像ですね、映像の中には文章では表現できない感性情報がたくさん含まれています。

情報には「知識情報」、「感性情報」それに「表現行動を起こすための知識」の三つがあると思います。他人からでも認知できるような行動は「表現行動」といいます。表現行動を起こさせるための頭脳での行動が「測定行動」です。

トレーニングのポイントは、表現行動を教えることではなく、測定行動を教えることです。その結果として表現行動が出てくるということです。

例えば、金型のベテランの方の行動を、観察者は表現行動としてカードに記述します。その後、例えばなぜ左の物を右に移したか、なぜこのボタンを上に上げたのか、表現行動に対する測定行動を逐次ヒアリングします。ヒアリングしたデータがたまると、それを大きな机の上に並べて、カテゴリー別に分類します。そうすると、ベテランの頭の中にあるノウハウが紙に表現され、整理されて、学習システムを構築することができるというわけです。

研究室
田村教授の遠隔講義研究室

遠隔教育

田村 今、感性のお話が出ましたので、現在の遠隔教育についてお話しします。

今の遠隔教育は、ネットワークを通して講師の映像を相手側に送るということが強調されています。もちろん先生の感性情報である映像を相手に送るということは重要なことですが、それだけでは十分ではありません。

私は、手書き文字にはすごく感性情報が含まれていると思います。私の研究室には、電子ボードがあり、そこに書いたものが相手に伝送されるようになっています。ワープロの文字を相手に送るのとは違って、先生の汚い文字、すごくきれいな文字、赤で書いたとか、線を引いたなど、非常に多くの感性を含んだ部分だと思います。それを、今の遠隔講義システムは忘れています。ただ、データを送ればいい、映像を送ればいい、ということではなく、ネットワークの向こうには学習者がいることを認識し、感性情報を大事にしてほしいですね。

HZS 遠隔教育の研究テーマは、どうのようにしていろいろな情報を伝えるか、生徒とどうコミュニケーションを取るか、その仕組みをどうすればいいのかということでしょうか。

田村 今取り組んでいるのは、先生の操作を簡略化する環境です。先生がいい教育をしようとすればするほど、ものすごい労力が必要です。例えば、先生は、機器の操作をしながら自分の映像を出すとか、書画カメラでハードも見せるとか、次はPowerPointのデータを、あるいはグラフを、手書き文字も、といろいろなメディアを切り換えないといけません。テレビ会議システムをベースにして遠隔講義環境を構築していますので、レクチャーと操作の両方をしなければならず、先生にとってはすごく大変です。

今、私は、操作環境を簡略化するようなソフトをある会社と共同開発しています。ただ単に先生がテレビの前に座ってレクチャーをするだけでしたら、ビデオを見ているのと全く同じですから、遠隔講義でも何でもありません。先生には、いろいろなメディアを駆使してレクチャーをしていただきたいので、今その研究をしています。

HZS 遠隔教育をベースにした大学はありますか。

田村 日本にはありませんが、アメリカにNTU(National Technological University)というキャンパスのない大学があります。例えば、スタンフォード大学の先生がレクチャーし、それを企業内で受講し、単位を取得することができます。そして、NTUから修士号を取得することができます。

HZS どんなツールを使っているのですか。

田村 映像と音声が主です。先生のレクチャーを配信することに主体がおかれていますね。

最近日本でも、アメリカの大学の講座を受講するということが行われています。ただ、文部省が認定していませんので単位にはなりません。文部省は、日本の大学で発信した遠隔講義を受講すれば30単位まで単位を認めるという決定をしました。

今、東京工業大学*、豊橋科学技術大学の2大学では講義を衛星で発信しています。企業の方も登録すれば、安い費用で受講できます。日本でもそういうチャンスが出てきたということです。

HZS 自宅に設備があれば、年齢などに関係なく、その気さえあれば聴講できるのですね。

田村 そうですね。例えば、国立大学では、SCSといって国立大学間を衛星のネットワークでつなぎ、ある大学の先生のレクチャーを、国立大学の学生なら誰でも受講できるというプロジェクトをスタートさせました。

講義だけではなく、大学院の発表会などいろいろな用途に使っています。インターネットで国立大学の方が申し込みますと、スケジュールに空きがあれば使えます。しかし、2ヶ月か3ヶ月先までリザーブされています。

また、日本大学では、キャンパスが日本全国に分散されていますから、衛星を使って日本大学独自の遠隔講義ネットワークを構築されています。東海大学も北海道、東京、九州と分かれていますから、衛星でリンクするということを実施しています。

HZS 今、各大学に設備されているシステムは教育の専用システムですか。

田村 専用システムもありますし、公衆網を使ったテレビ会議システムなどもあります。

この3月に、大阪府立大学、東京都立大学、岡山県立大学と公立大学の連携ネットワークを作って実験します。衛星ではなく、ISDNで行います。端末はPictureTelを使います。

挿絵
大阪府立大学 田村研究室の次世代学習システム研究環境

HZS 現状はかなり活用されていますか。

田村 ええ、今はブームですね。私も中央大学などと実験をしています。今まで、教室の中だけの学習世界でしたが、チャンスが広がりました。学生は、他大学の先生のレクチャーを聞きたい、是非次回もこういうチャンスを作って欲しいと、非常に歓迎しています。

映像と電子教材は全然別のように考えられていますが、学習環境ということでは、全く一緒だと思います。遠隔講義中に先生のレクチャーを中断して、電子教材で10分間自学自習し、結果を発表するという場面があってもいいと思います。発表も例えば、最初は北海道のAさん、次に九州のBさんと行い、全体をコーディネートするのが先生の役割だと思います。

電子教材と遠隔講義が、教育の効果を最大限発揮する統合された環境、方法がこれからの重要な流れになってくると思います。

最近、おもしろい経験をしましたので紹介しましょう。東京と札幌、名古屋、福岡を衛星でリンクして、東京で先生がレクチャーをしました。その後、各サイトごとにディスカッションをさせ、結果をA4一枚にまとめて順に発表させました。そうしましたら、非常に盛り上がり、それぞれのサイトが一所懸命に発表します。A4一枚にまとめるというのが非常に難しいのです。英知を絞って一枚に集約しないといけませんので、工夫が必要です。

HZS 競争をするのですね。

田村 そうです。みんなでアイデアを出し合って協力しないといけません。ネットワーキングされていますから、いろいろなサイトからいろいろな人達が、発言をします。これは、限定されたひとつの教室ではできないことで、全世界的規模でこのようなことがあっても良いわけです。

今までの教育の延長線上に教育が進展していくということではなく、パラダイムシフトといって、軸が別にあってその軸上で新しい教育環境が作られていくと思います。黒板のある教室にOHPが設置されて、次にパソコンが設置されて、プロジェクターが設置されるという進展ではなく、軸が別にあってその軸上で教育が発展していくと思います。

インターネットの利用などはその一例です。大阪府立大学では、全学共通で一年生約800人の情報基礎教育を私のところで行います。前期はWORDやEXCELを教えます。私は、何でこういうことを大学で教えなければならないのかと思ったのですが、やはり、大学に入ってくる学生はWORDやEXCELを知らないのですね。スキルなくして知識はありませんから、非常に矛盾しますが、まず、スキルを教えてその上に知識を教えていくということをやらざるを得ません。

後期は、テーマを決めて、それに対してインターネットのサーチエンジンを駆使し、全世界から情報を集めます。日本にもサーチエンジンは40ほどありますが、世界では、400ぐらいあります。最初は、学生が、情報が集まらないといってきます。では、サーチエンジンをどれぐらい使ったかと聞くと、「三つぐらいです。」というのです。それでは集まるはずがありません。とにかくサーチエンジンの使い方を徹底的に覚えさせます。情報を集めて、EXCELで加工し、WORDで論文を作成して、PowerPointでプレゼンテーションをさせました。HTMLでホームページを記述して発表するというのが、最終目標だったのですが、そこまではできませんでした。

インターネットを駆使して情報を収集するというあたりが、今までの教育になかったところだと思います。学生も非常に勉強になったと言っていました。インターネットというのは、知識の宝庫であり、いろいろな情報があります。自分の欲しい情報を的確に収集して、自分の知識としてまとめ、ひとつの物に仕上げていくことがこれから重要なスキルになります。

次世代学習システム

田村 次世代学習システムというのは、リアルタイムな同期型の学習環境です。それにWebを主体にした、Web Base Distance Learningの機能を加えます。Webには学習教材を蓄積しておきます。自宅からでも好きなときにこれにアクセスして、教材をダウンロードして勉強するという方式です。

自動採点をする仕組みもあり、先生が教材を作りやすくするオーサリングツールや、学習者を認証する機能もあります。あらかじめ登録しIDを持っている人のみ教材をダウンロードできる仕組みなど、統合的な学習環境を提供します。

HZSへ

人物写真
HZS
専務取締役
植田 俊

HZS 最後に、先生から我々に、教育システムの分野において、今後このようなことをやってみればどうか、また当社に期待されることなど、一言アドバイスをいただければありがたいのですが。

田村 HZSさんでは、大変立派な電子教材を作っていますね。電子教材をあれだけ立派に作っているところはなかなか無いですよ。これからはコンテンツの時代です。ハードの方はお金を出せば、相当の物も買えますし、ソフトもお金を出せば買えます。しかし、今、皆さんが一番困っているのは、コンテンツをいかに作るかということだと思います。パワーがかかると思いますが、是非HZSさんで手本になるコンテンツを作ってほしいですね。

また、教材を作成するときに、設計者にタグをつけなさいといってもなかなか難しいですね。私は、システムの方から設計者に問い合わせをして、設計者が会話することによって自動的に設計者の知識が統合データベースに蓄積されるという支援システムを作りたい。このような支援システムがないと教育CALSの実現は不可能だと思います。できれば、HZSさんにこのような支援システムを作っていただきたいですね。

コンテンツというのは自動的に作れるわけではありません。サポートシステム、ミドルウェア、ハードとコンテンツの中間に位置するような、誰でも利用できる物を是非作っていただきたいと思います。

HZS どんなジャンルの物が世の中で期待されているのでしょうか。

田村 小、中、高などの学校では、「先生」という教育の専門家がいますが、産業界では特に教育の専門家がいるわけではありません。しかし、技術の変化は非常に激しく、知識がどんどん更新されていきますね。いかに従業員をそれにフォローさせるかが大きなポイントだと思います。企業のように教育の専門家がいなくても、ドメインの専門家をサポートするシステムがあれば、いい教育ができると思います。

HZS 今日は、長い時間お話をしていただき本当にありがとうございました。我々も大変勉強になりました。