人とシステム No.100
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情報との差分をとって適切に調整しようと、情報の更新を図る働きが生まれます。つまりは実際の外の世界と脳内で構成された仮想世界とが同期された状態になるのです。この考えが脳の生成モデルです。さらに脳の面白いのが、眼球や皮膚などのセンサーとしての特性をそのままあるものとして包括しているところです。そのため、それらのセンサーからいろいろな情報が入ってきて圧縮された状態を、この部分は皮膚の特性で起こっているな、というようにそれぞれ振り分けて処理することができてきます。東 なかなか難しい話になってきましたが、そういった仕組みを応用すると、産業分野ではどういうことができるようになるのでしょうか。渡邉 例えば私たちが取り組んでいることの一つに、道路の強靭化を目的とする亀裂の発生原因などの検証があります。まず高速道路に100mおきに振動センサーを置いて振動情報を得て、さらにカメラなどを使って走行している車両の種類や速度などの情報も全てモニタリングできる環境を作ります。実際には、その上でコンクリートや鉄筋の材質を考慮したり、有限要素法を用いたりする必要がありますが、こうすることで、例えばちょっとした振動の違いなどから、亀裂が生まれる場所やタイミングのシミュレーションができると考えています。東 社会インフラに皮膚をモデル化したセンサーを付け、そこからの情報をリアルタイムに脳の生成モデルへ届けて判断を行うという仕組みですね。渡邉 さらに、脳の生成モデルは、人にとっては不得手な部分、不可能な部分をカバーすることもできると考えています。例えば、私の好きな「風の谷のナウシカ」では、ナウシカが空気の流れを読みながらメーヴェという飛行装置をうまい具合に操っていて、下の方でそよいでいる葉を見たときには、あの辺りに重たい空気があるといって、その風を使って機体を跳ね上げるようなシーンがあります。こうした感覚はおそらく鳥であれば当たり前に持っているのでしょうが、人には無く、つまり、人の脳が必ずしも全てにおいて優れているわけではないと思います。そこで、この脳の生成モデルをベースに、人体の制約や能力を超えた部分を付加することで、性能を高めることもできてくると考えています。改めて期待される脳科学とAI東 産業分野への応用として、AIの開発にも取り組まれてお客さまのビジネス革新につながる最先端の研究や技術を取り入れた提案をしていかなければなりません東 和久NTTデータエンジニアリングシステムズ代表取締役社長Kazuhisa Higashi社会実装の可能性を秘める“脳の生成モデル”東 現在は東京大学の准教授のほか、ベンチャー企業を立ち上げて技術顧問に就かれ、脳科学研究の社会実装に取り組まれていると伺っています。そこで、脳のどういった点に着眼されているのでしょうか。渡邉 国際電気通信基礎技術研究所(ATR)の川人光男先生らが提唱した「生成モデル」と呼ばれる脳の仕組みをもとに構想を進めています。脳は、その人自身を取り巻く3次元世界に対して、眼球や皮膚などがセンサーの役割をして得る圧縮された情報をもとに、脳の中に仮想の3次元世界を再構成します。そこで構成された仮想の世界についても、いわば仮想の眼球や皮膚で捉えることができ、仮想の圧縮情報を得ることができます。すると、実世界に対して実際の眼球や皮膚などが捉えた圧縮情報とこの仮想の圧縮3人とシステム No.100 July 2021SPECIAL REPORT

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