人とシステム No.100
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ツールを有効活用するための環境を整えていくことが重要だと考えています。渡邉 私自身、脳科学研究の新たな社会実装に向けた取り組みをしていますが、もともと無いものは作ってしまえという精神があり、この先日本が進むべき将来を考えても現状への危機感を持って新しいものを取り入れることは避けられなくなってくると思います。とはいえ、やはり最終的にはそれを使ったときの快適さが大切で、自分たちの役に立っていることの実感を抵抗なく持てる必要がありますよね。余談ですが、私はものを書きとめるのに、これまではずっと万年筆を好んで使用していたのですが、今ではタブレット端末とタッチペンを使うようになりました。それは、このタッチペンが便利な上、万年筆と同じかそれ以上に書き心地が良いと感じていることに他なりません。意識を機械に移植するというビジョンに向けて東 ここまで、AIなど少し私たちに近しい分野のお話を伺ってきましたが、その他、将来的な展望も含めて、どのように研究を進めていかれるのでしょうか。渡邉 一つ考えているのが、言語野などといった脳の機能の一部代替です。例えば脳の損傷や、脳腫瘍の手術などにより、言葉を発せられなくなってしまうとき、人工の神経回路をつなぐことで、その言葉を司る機能に代わることができないかという構想があります。また、その過程で、アルツハイマー治療の医薬品などの研究開発に役立てられる可能性があるとも考えています。東 脳科学研究は多面的な可能性を秘めていますね。AIへの応用も含め、それらはまた、初めに伺った、意識を機械へと移植することにもつながっていくのでしょうか。渡邉 そうですね。 そのことはずっとビジョンに据えていて、20年後の実現を目指しています。同時に、目標を達成したときに過ごしていける世界を用意しておく必要があります。先ほどの『順列都市』では、コンピューターにアップロードされた人と生身の人とが共存する中で、それぞれが生活していくためにコンピューターのリソースを奪い合うことになります。それでは問題ですから、共存できる社会の仕組みが構築されていなければいけません。東 道路の強靭化のお話にもありましたが、そうした社会インフラの整備も必要になってくるということですね。渡邉 もちろん、多方面で社会に貢献できるよう挑戦を続けていきたいです。私が研究を始めた1990年代初頭の日本の理論脳科学には、世界的にも神様のような先生方がたくさんいて、圧倒的にリードしていました。今はやはり脳科学やAIの研究領域でも中国などの勢力が強く、優秀な人材を輩出しているのは確かですから、自身が活躍できる可能性があることを見つけ、それを広げていく重要性が差し迫っていると思っています。東 未来への期待が持てるお話をたくさんお聞きすることができました。私たちもビジョン達成のため、最先端の研究や技術の動向を知り、取り入れながら意欲的に進んでいきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。※1 順列都市:グレッグ・イーガン(1994)原題Permutation City 。21世紀中頃、ダレムという男が奇想天外な計画を企てた。人間の精神の完全な〈コピー〉を複製し、たとえ宇宙が終わろうと永遠に存在しつづけられ、不死の存在となれる仮想都市をある場所に築くというのだが……電脳空間と人工生命の無限の可能性を描く、究極の最先端SF。出典:Hayakawa Online「順列都市 上」(早川書房)URL:hayakawa-online.co.jp/product/books/11289.html※2 fMRI:Functional Magnetic Resonance Imaging。日本の小川誠二氏が発明した機能的磁気共鳴映像法図1 意識が機械(コンピューター等)へアップロードされた世界のイメージ 左図:人間の脳と機械を接続して意識を一体化させ、さらに記憶を共有することによってアップロードは完了する。このとき、生体左脳半球—機械右半球と生体右脳半球—機械左半球の二つの組み合わせで襷掛け状に遠隔接続して日常生活を送ることにより意識の一体化および記憶の共有は促進される。右図:人間の脳が活動の終わりを迎えた後にも、機械の中で意識を持って生き続けることができる。生体脳半球と襷掛け状に連結していた二つの機械半球を接続する。 (イラスト:ヨギ トモコ)引用:MinD in a Device社HP生前アップロード後機械生身の肉体5人とシステム No.100 July 2021SPECIAL REPORT

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