人気者は極めつけの偏食家の動物園コアラは、数100種類もあるユーカリの中でも限られた種類のみを食べます。中には食べるユーカリの種類が決まっている個体もいます。このようなコアラの偏食傾向は腸内細菌の組成によって決まるという研究結果が報告されています。17総数100兆個にもなる大腸内フローラ 消化管では、構造や機能によって各部位に特徴的なフローラが構築されています。入り口である口腔内のフローラは、ほとんどの人類に共通するコア・マイクロバイオームと呼ばれる50〜100種類の微生物と、個人ごとに異なる600種類ほどの細胞種から構成されています。また、歯と歯肉との間にできる歯垢(デンタルプラーク)や唾液中には多くの細菌が生息していて、その悪影響から病気になることが多くあります。口腔内を清潔に保つことは、良好な口腔フローラにもつながります。 食道や胃、十二指腸を指す上部消化管では、胃酸などの殺菌性の強い消化液が分泌されるため、生息する細菌は下部消化管である大腸に比べて圧倒的に少ない特徴があります。総数100兆個とも言われる腸内フローラの大半は、大腸に生息しています。微生物の栄養となる食物繊維 では、どうすれば大腸内のフローラを正常に保ち続けられるのでしょうか。それを知るために、腸内細菌を含めた細菌の解析が長年にわたって続けられてきました。近年新型コロナウイルス感染症の検査で注目されたPCR法など、微生物のDNAを使った識別方法などの確立により、ほぼ正確に細菌数を計測することができるようになっています。どの微生物が健康に役立ち、それを正常に機能させるためにはどのような腸内フローラが良いのか、さまざまな研究が続けられています。 食事内容によって腸内フローラが変化し、健康にも影響します。そこで、腸内フローラを正常に保つという観点から注目したい栄養素に、食物繊維があります。食物繊維とは、人間の消化酵素では消化されない食品中の成分のことです。未消化の食物繊維が大腸まで届くと、善玉菌である腸内の最優勢の嫌気性細胞群により消化され、短鎖脂肪酸などの酸が作られます。それが腸内フローラの恒常性を保つ上で重要と考えられていて、がん、糖尿病、肥満などの予防効果や免疫調整機能の促進まで幅広い作用が報告されています。次号は、腸内環境を改善するプロバイオティクス、有益な微生物の増殖を促進するプレバイオティクスなどの最新研究と、腸内フローラが体や心に及ぼす影響などをご紹介します。ちょっとしたアイデアのヒントや、誰かに教えたくなる話をお届けするリフレッシュコーナー。今号から3回にわたって「腸内フローラの科学」をお送りします。近年耳にすることも多い腸内フローラとは、どのようなもので、私たちの身体にどう影響を与えているのでしょうか。長年にわたり腸内細菌とプロバイオティクスについて研究を続けてきた野本康二先生の著書※を中心に、腸内フローラに関するおもしろ話をご紹介します。※おもしろサイエンス「腸内フローラの科学」(日刊工業新聞社刊2020年6月発行)著者:東京農業大学 教授 野本康二 様ジャイアントパンダの主食は竹やササなどの食物繊維に富んだ植物ですが、消化器の構造は肉食動物に近いとされています。そのため、自分の力で消化するのではなく、腸内細菌が作り出す糖を栄養として利用していると考えられています。大腸のフローラを正常に保つための食物繊維
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