人とシステム

季刊誌
NTTデータエンジニアリングシステムズが発行する
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No.103 | リフレッシュ
腸内フローラの科学
①腸内フローラとその栄養分である食物繊維

ちょっとしたアイデアのヒントや、誰かに教えたくなる話をお届けするリフレッシュコーナー。今号から3回にわたって「腸内フローラの科学」をお送りします。近年耳にすることも多い腸内フローラとは、どのようなもので、私たちの身体にどう影響を与えているのでしょうか。長年にわたり腸内細菌とプロバイオティクスについて研究を続けてきた野本康二先生の著書※を中心に、腸内フローラに関するおもしろ話をご紹介します。

※おもしろサイエンス「腸内フローラの科学」(日刊工業新聞社刊2020年6月発行)
著者:東京農業大学 教授 野本康二 様

健康に大きな影響がある細菌が作る腸内フローラ

腸内フローラは腸内に構築された生態系

私たちは口からモノを食べて、最終的に排泄します。この間、摂取した飲食物は消化管の各部位において、消化・吸収を受けながら通過していきます。人間の消化管は、口、食道、胃、小腸、大腸、肛門などで成り立っている一本の管です。

日常的に行っている消化・吸収は、私たちの体の機能だけでは成立しません。他の微生物の力も必要とします。自然界にいる極めて多様な微生物の中の、限定された微生物群が私たちの体内に共生していることが分かってきました。共生とは「生存環境を共有する異種生物間の持続的な密接な関係」のことで、特に腸内には、100種・100兆個とも言われる細菌が生息しており、独特な生態系を構築しています。これを一般的に腸内フローラまたは腸内細菌叢 [ちょうないさいきんそう] と呼んでいます。フローラ(flora)とは植物相を意味しており、腸内フローラの呼び方は多種多様な微生物群が腸内に住み分けしていることからきています。

健康寿命にも影響を及ぼす腸内フローラ

私たちの健康的な生活を実現するには、腸内フローラとそれを構成する微生物の役割が欠かせないことが分かってきています。また、それぞれの微生物からの個々の作用だけでなく、腸内フローラという微生物群の構成や栄養分などからも、身体やメンタルに影響が出ることが分かってきました。例えば、腸内細菌には善玉菌、悪玉菌、どちらでもない日和見菌があり、その勢力図によって影響が変わってきます。そのため、腸内フローラの成り立ちや活動状況によって、良い影響も害毒も受けます。腸内フローラを正常に保ち続けることが、健康寿命を延ばすことにもつながります。

シロアリ腸内の原生動物と細菌との共生関係

シロアリは、腸内の原生動物や細菌と共生しながら食物を消化して、栄養素を吸収しています。シロアリが食べた木片は、腸内の原生動物が持つ分解酵素で分解されて糖になります。それを細菌が食べてシロアリに有用なアミノ酸やビタミンなど多様な栄養素を産出してくれるという関係です。

【シロアリー腸内細菌ー腸内原生動物の共生関係】
【シロアリー腸内細菌ー腸内原生動物の共生関係】
出所:Brune A and Dietrich C, Annu. Rev. Microbiol. 69:145ー66, 2015 より改変・引用
【シロアリー腸内細菌ー腸内原生動物の共生関係】
【シロアリー腸内細菌ー腸内原生動物の共生関係】
出所:Brune A and Dietrich C, Annu. Rev. Microbiol. 69:145ー66, 2015 より改変・引用

大腸のフローラを正常に保つための食物繊維

総数100兆個にもなる大腸内フローラ

消化管では、構造や機能によって各部位に特徴的なフローラが構築されています。入り口である口腔内のフローラは、ほとんどの人類に共通するコア・マイクロバイオームと呼ばれる50~100種類の微生物と、個人ごとに異なる600種類ほどの細胞種から構成されています。また、歯と歯肉との間にできる歯垢(デンタルプラーク)や唾液中には多くの細菌が生息していて、その悪影響から病気になることが多くあります。口腔内を清潔に保つことは、良好な口腔フローラにもつながります。

食道や胃、十二指腸を指す上部消化管では、胃酸などの殺菌性の強い消化液が分泌されるため、生息する細菌は下部消化管である大腸に比べて圧倒的に少ない特徴があります。総数100兆個とも言われる腸内フローラの大半は、大腸に生息しています。

微生物の栄養となる食物繊維

では、どうすれば大腸内のフローラを正常に保ち続けられるのでしょうか。それを知るために、腸内細菌を含めた細菌の解析が長年にわたって続けられてきました。近年新型コロナウイルス感染症の検査で注目されたPCR法など、微生物のDNAを使った識別方法などの確立により、ほぼ正確に細菌数を計測することができるようになっています。どの微生物が健康に役立ち、それを正常に機能させるためにはどのような腸内フローラが良いのか、さまざまな研究が続けられています。

食事内容によって腸内フローラが変化し、健康にも影響します。そこで、腸内フローラを正常に保つという観点から注目したい栄養素に、食物繊維があります。食物繊維とは、人間の消化酵素では消化されない食品中の成分のことです。未消化の食物繊維が大腸まで届くと、善玉菌である腸内の最優勢の嫌気性細胞群により消化され、短鎖脂肪酸などの酸が作られます。それが腸内フローラの恒常性を保つ上で重要と考えられていて、がん、糖尿病、肥満などの予防効果や免疫調整機能の促進まで幅広い作用が報告されています。

動物園の人気者は極めつけの偏食家

コアラは、数100種類もあるユーカリの中でも限られた種類のみを食べます。中には食べるユーカリの種類が決まっている個体もいます。このようなコアラの偏食傾向は腸内細菌の組成によって決まるという研究結果が報告されています。

コアラ

ジャイアントパンダの主食は竹やササなどの食物繊維に富んだ植物ですが、消化器の構造は肉食動物に近いとされています。そのため、自分の力で消化するのではなく、腸内細菌が作り出す糖を栄養として利用していると考えられています。

ジャイアントパンダ

次号は、腸内環境を改善するプロバイオティクス、有益な微生物の増殖を促進するプレバイオティクスなどの最新研究と、腸内フローラが体や心に及ぼす影響などをご紹介します。