人とシステム

季刊誌
NTTデータエンジニアリングシステムズが発行する
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No.104 | 社長インタビュー
ソフトウエアが変える自動運転の未来
未来のモビリティをイノベートする理系研究者集団
ソフトウエアが変える自動運転の未来

NTTデータグループが注力している自動車分野のビジネス組織には、自動車業界のソリューションを得意とする企業が属しており、株式会社NTTデータ オートモビリジェンス研究所(以下、ARC:アーク)やNDESもその一員となります。お互いの強みを生かした協力体制により、自動車業界へさまざまな提案を行っており、今回は、ARC代表取締役社長の中井章文様に現在の自動車業界へ向けたソリューションや今後進めようとしている取り組みについてお話を伺いました。

NTTデータグループ自動車分野組織で
研究開発に特化したARC

 株式会社NTTデータ オートモビリジェンス研究所 代表取締役社長 中井 章文 様 Akifumi Nakai
株式会社NTTデータ オートモビリジェンス研究所
代表取締役社長
中井 章文 様
Akifumi Nakai

株式会社NTTデータ オートモビリジェンス研究所
(ARC:NTT DATA Automobiligence Research Center Ltd.)
【創立】1973年11月14日
【本社所在地】横浜市港北区新横浜3-1-9 アリーナタワー3F
【事業内容】
  • 次世代モビリティに必要なソフトウエア技術の研究開発
  • MBD・数理・AIソリューションおよびツールの開発および販売、コンサルティング
  • 車載・組込ソフトの開発
  • オフショア・ニアショアテスティング
    ヒトが持つ高度な知恵を駆使した自動化ソフトウエア技術を発明・提供することで、消費者にとって便利で豊かになる次世代モビリティ社会を支える研究機関となることを目指します。

 NTTデータグループの中でもARC様は、次世代自動車ソフトウエアに関する研究開発を専門にした独自の立場で事業を展開されていますが、本日は、どのような研究開発を行い、ビジネスに展開しているのかを、お伺いしたいと思います。まずは会社概要からご紹介ください。

中井 NTTデータには、自動車分野を専門にした組織がいくつかあり、そこにARCやNDES、他にも自動車業界のソリューションを得意とするグループ会社が多数所属しています。その中でも自動車分野のお客さまに尖ったソリューションを提供するため、より研究開発に特化した役割を果たす組織が必要だということで、2020年12月にキャッツ株式会社から株式会社NTTデータ オートモビリジェンス研究所(ARC)に社名を変更しました。ARCが行う先端研究の成果をNDESも含めたNTTデータグループの自動車分野組織に還元し、さらにその結果、自動車産業のお客さまのお役に立つことを目指しています。研究開発の拠点は、横浜に2カ所、それ以外に福岡県、沖縄県にもあり、2022年9月に4カ所目の研究拠点を鹿児島県徳之島伊仙町に開設しました。ARCはミッションとして、“Digitalize human intelligence, Improve automated mobility“を掲げ、「人間の知能・知識をデジタル化し、結果、これから自動化されていくモビリティ社会に貢献する」ことを目的としています。

 最新技術を取り込んだ先端研究の成果をビジネスに結び付けるには、困難も多いかと思いますが、どのように取り組まれているのでしょうか。

中井 研究成果をソフトウエアビジネスに発展させていくことは、多段ロケットを飛ばすイメージで進めています。大気圏を脱出するための1段目のロケットが、無から発明する基礎研究だと考えています。次の2段目のロケットで、発明成果を踏まえ具体的なソフトウエアプロダクトを開発し事業化します。そして3段目のロケットで、そのプロダクトをNTTデータのグループビジネスに展開し、スケールを出して産業貢献したいというのがARCの考え方です。

この研究開発を支える人材として、博士号取得者が研究開発スタッフの2割以上を占め、情報工学はもちろんのこと、物理や宇宙、量子力学の博士号を持ったスタッフも在籍しています。2022年4月発行の日経ビジネスには、NTTグループが取り組む自動車に関した記事が掲載されており、その中でARCは、未来のモビリティの安全性をかなえる理系エリート集団ということで紹介されました。

V字からI字へプロセスを変える
ZIPC GARDEN®

NTTデータエンジニアリングシステムズ 代表取締役社長 東 和久 Kazuhisa Higashi
NTTデータエンジニアリングシステムズ
代表取締役社長
東 和久
Kazuhisa Higashi

 2022年4月には、自動運転システム検証ソフトウエア「ZIPC GARDEN Automation」の提供開始を発表されました。私たちNDESもご協力させていただいたシナリオベースで自動運転の検証を行うソリューションですが、こちらのご紹介をお願いします。

中井 ZIPC GARDEN Automationは、自動運転の検証に必要な運転シナリオを自動生成するクラウド型のソフトウエアとなります。車を運転すると「道路脇に歩行者が立っていたらどうするのか」、「雨が降っていたらどうするのか」といったさまざまなケースに出くわします。安全な自動運転を確立するためには、発生しうる全てのケースをソフトウエアに教え込み、しかも、テスト検証した証跡にもできるシナリオが必要となります。このケースのバリエーションが膨大になるためシナリオ作成は大変な作業であり、これを自動で行えるソリューションがZIPC GARDEN Automationです。ベースとなるクラウド基盤をはじめとするシステム構築は、知見のあるNDESにご支援いただきました。

 自動運転を実現するには、検証シナリオ作成以外にも、多くのデータ収集や、検証作業の必要がありますが、今後のZIPC GARDENシリーズのリリースについては、どのように計画されていますか。

中井 2023年には、自動運転車両開発の自動化・仮想化を推進するバーチャルシミュレーション機能を備えたZIPC GARDEN Simulator、2024年には、実際の車両の稼働状況をモニタリングして設計開発にフィードバックするZIPC GARDEN DevOpsをリリースしていく予定です。これで、シナリオ生成、シミュレーション検証、デリバリー後のモニタリングという3つのプロセスが、クラウド上でリンクできることになります。

 ZIPC GARDENシリーズで、自動車開発の未来を変えていこうということですね。このZIPC GARDENの名前の由来は何からきているのですか。

中井 自動車ソフトウエア開発においてのV字プロセスは、大きく分けて要求、実装、試験という3つのフェーズで構成されます。それぞれでZIPC GARDENを使用することで3つのフェーズが短縮でき、V字からI字に近づいていきます。これがちょうどジッパーファスナーを閉めていくようなイメージとなるため、キャッツ時代からのZIPCブランドを掲げることにしました。GARDENという名称には、さまざまな自動運転システムを、高品質でありながら素早く開発し成長させ花を咲かせていきたいという、この研究をリードしてきた当社CTO渡辺の想いが込められています。

 自動車会社としても、開発工程をV字からI字にできるというのは大変興味深いことだと思いますし、自動車開発の考え方も変わってきますね。

次世代車両開発・運用プロセスを実現するZIPC GARDEN<sup>®</sup>の概要 次世代車両開発・運用プロセスを実現するZIPC GARDEN<sup>®</sup>の概要
次世代車両開発・運用プロセスを実現するZIPC GARDEN®の概要
ZIPC GARDEN Automationの特長の一つ。シナリオベース開発における数理モデル分析の活用。 ZIPC GARDEN Automationの特長の一つ。シナリオベース開発における数理モデル分析の活用。
ZIPC GARDEN Automationの特長の一つ。シナリオベース開発における数理モデル分析の活用。

シミュレーターの実績から
自動運転車両の研究開発に取り組む

伊仙町テスト使用グラウンド
伊仙町テスト予定公道
鹿児島県徳之島の伊仙町でスタートした自動運転の実証実験。元高校のグラウンドと校舎を利用して、シナリオベースの自動運転実験を実施。
2025年を目標に、伊仙町内の公道を走行しながらデータを収集することで、地域限定の自動運転環境実現を目指します。

中井 旧来の自動車会社の新型車開発は、実車を試作してテストコースを走らせながら繰り返し問題を解決していくやり方が主体でしたが、自動運転シナリオを全て検証するには、コストも時間も多くかかり、そもそも事故シーンを再現させることは非現実的です。自動運転の開発では、コンピュータゲームのような環境で車を走行させ、シナリオに沿って繰り返し検証を実施できるバーチャルシミュレーションでの走行実験が重要になってきます。

 自動車の開発手法が、実車からシミュレーションに変化していく中で、今後、自動運転の開発に向けて取り組もうとされていることはありますか。

中井 先ほど徳之島に研究拠点を開設すると話しましたが、そこで私たち自身が自動運転車両の研究開発に取り組むこととしました。徳之島伊仙町では、廃校となった学校をデジタルツインの管制センターにして、公道でコネクティッド自動運転車両を走行させる実験を行います。2021年の後半から準備を始めており、2025年ぐらいまでに研究開発を完了させる予定です。離島で実験を行うのは、公共交通手段も限られている中、運転できない高齢者が多くなってきているという社会問題を解決する交通難民向けモビリティを考えたいからです。ここで開発した自動運転システムは、極めてニッチな運行設計領域となるため、今の自動車産業視点では需要はないかもしれません。しかし、2030年頃には、日本の社会でも一般道を含めドライバーがハンドルを持たなくても運転ができる世界が浸透し始めると予測されています。そうなると自動運転技術はコモデティ化され安価にもなり、今の市場にはない新たな運行設計領域に対応できるモビリティのニーズが掘り起こされ、それに対応していく事業者が現れてくると考えています。例えば、離島や山間部の高齢者交通難民向け自動クルマ椅子のようなマイクロモビリティ産業が産まれてくるかもしれません。そういうところに、ARCが開発する自動運転システム開発運用ツールを活用していただき、さまざまな各運行設計領域を最適対応することで、今の技術では成立しない市場をターゲットにしていけると考えています。

 徳之島ではすでに自動運転車両の研究開発をスタートされているのですね。具体的にはどのような実験をされているのでしょうか。

中井 徳之島では、ハイブリッドAIを研究しており、AIと人間が作ったプログラムを競わせて安全性を高めようとしています。例えば、自動クルマ椅子の走行ルート上に突然動いている障害物が現れた場面が発生したとします。そこでAIは「行け」と判断し、人間が作ったプログラムは「待て」と違う判断をするかもしれない。この判断のいずれが正しいのかについては、徳之島の公道で運行設計領域に特化した実験を繰り返し行うことで、そこを知り尽くしていくAIの方の判断が正しくなっていくかもしれません。状況データを徐々にコネクティッドでクラウド側へ蓄積させていき、AIが学習していくことで、将棋や囲碁のように、ある局面では人間が勝るが、ある局面ではAIの方が勝っていくかもしれません。このようなフィジビリティ検証を、徳之島のデジタルツイン環境で行っていきます。

 今後、自動運転の技術は急速に発展していきますが、ARC様が目指している自動運転とは、どのようなものなのでしょうか。

中井 まずは初歩的な領域対応からになりますが、個別の運行設計領域に着目し、自動運転システムを段階的ですが運用とともに迅速に成長させていくプラットフォームを提供していきたいと思います。例えば、2021年3月に大手自動車会社から高速道路上での特定の運転シーン限定で、世界初の「自動運転レベル3」の機能を搭載した車が登場しました。この自動運転レベル3というのは、一定の条件下ではドライバーに代わって自動運転システムが運転を行います。この「一定の条件下」というのが、運行設計領域ということになります。

先ほど、2030年に自動運転技術がコモデティ化するという話をしましたが、あらゆる道路での完全自動運転の実現となると、そこからさらに10年はかかると見込んでいます。では、その間はどうなるかというと、全ての条件下で完全自動運転を実現することは大変難しいので、運行設計領域を限定してデザインすることにより、今の技術でも自動運転モビリティを実現できる可能性があると考えています。自動運転システムは実用化され使われていくことを通して、技術は揉まれ早く成熟していきますので、新たな産業化のチャンスが見つかるかもしれません。

 ここでいう運行設計領域の一例は、先ほどおっしゃっていた交通手段が乏しい地域の高齢者の移動に限定した自動運転ということですね。このような取り組みは社会貢献にもなり、たくさんの方に喜ばれると思います。また、高齢者の方がどこで乗車して、どこで降車したかという、いろいろなデータを集めることもできます。その他、園児の送迎にも対応できそうですね。

中井 これからは共働きの方が多くなるといわれているので、園児の送り迎えのニーズもあると思いますし、そこからやがて万能なロボタクシーへと成長していくかもしれない。少しモビリティとは異なりますが、建設機械や農業など他にも応用ができると思います。

ハードウエアからソフトウエアへ
自動運転に重要となるALM

 自動運転を実現する上では、自動車のソフトウエアの更新がポイントになってくると思います。どのようにソフトウエアを管理していくかが大事で、ALM(Application Lifecycle Management)が必須となります。特に安心・安全が最優先となる自動車の場合は、ソフトウエアのトレーサビリティーが特に重要となってきますね。

中井 そう思います。今後、デジタルツインで学習していく自動運転ソフトウエアは、最新化される都度、コネクティッドで車両に反映しなければならない。そこではソフトウエア管理がより重要となってきますので、ALMで実績のあるNDESに期待しています。

 今後、自動車会社は、品質を担保しながらお客さまのエクスペリエンスに対応できるソフトウエアを探究していくことになると思います。そこをどのように支援していくのかが、私たちNTTデータグループの仕事だと思います。

中井 これまで、自動車はハードウエアを主体に考えられていましたが、これからはそのハードウエアにいろいろなソフトウエアが搭載され適宜アップデートされていくことで、もっと面白いことになると思います。ソフトウエアやコネクティッド技術を積極的に援用することで、これまでの技術では実現できなかったエンドユーザー視点で価値のあることが見つかってくると思います。どんどん溜まっていくデータを生かして移動動線そのものをレジャー産業にするとか、そういうイノベーションを可能にする技術をNTTデータグループで研究開発し、その結果、自動車産業のさらなる拡大と発展に寄与できるといいですね。そこでは、クラウド基盤へのコネクティッドは重要な役割を担います。NDESにはZIPC GARDEN開発時と同様に、ご支援いただきたいと考えています。

 今回お話しいただいた内容は、社会貢献という面でも、非常に期待できる取り組みです。自動運転の実現に向け、NDESもNTTデータグループとして協力をさせていただきますので、今後ともよろしくお願いいたします。

本日はありがとうございました。