人とシステム

季刊誌
NTTデータエンジニアリングシステムズが発行する
お客さまにお役に立つ情報をお届けする情報誌です。

No.105 | リフレッシュ
腸内フローラの科学
③予防医学にも期待が集まる腸内フローラの科学

2022年のヒット商品や流行語に、乳酸菌シロタ株が最高密度の乳製品乳酸菌飲料「ヤクルト1000」が選ばれ、腸内環境の改善に対する注目度の高さが伺えました。健康に深く関係する腸内フローラの研究についてご紹介してきた「腸内フローラの科学」は最終回を迎え、今号は身体にも脳にも大きな影響がある腸の役割と、今後期待される最新研究などをご紹介します。

※おもしろサイエンス「腸内フローラの科学」(日刊工業新聞社刊2020年6月発行)
著者:東京農業大学 教授 野本康二 様

病気、未病、健康のすべてに重要な腸内環境の改善

人のあらゆる健康に重要な腸内環境の整備

腸の環境と腸内細菌は、脳の健康と強い関連性があります。具体的に例を挙げると、自閉症や総合失調症、注意欠損・多動性障害、大うつ病、拒食症、パーキンソン病、アルツハイマー病など多くの疾患において、腸内フローラの異常が報告されています。

腸内フローラのバランスが崩れると、脳だけでなく体にも悪影響を及ぼします。マウスを使った実験では、腸内フローラが肥満の誘導に大きな役割を果たしていたという結果が出ています。その他に、生活習慣病の代表ともいえる糖尿病、アレルギーや自己免疫疾患の誘導や進行にも関与します。もちろん、腸の病気にも腸内環境は大きな影響があります。

そのため、腸内フローラを整えることでさまざまな病気の改善につながり、病気の予防にもなるのです。特に“未病”の予防や改善には効果が大きいとされています。

未病を放置せず、予防や状態改善が重要

近年、「未病」の考え方が一般的にも浸透してきました。未病とは、「自覚症状はないが検査では異常がある状態」と「自覚症状はあるが検査では異常がない状態」とされています(日本未病学会ホームページより http://j-mibyou.or.jp/(外部サイトへ移動します))。例えば、軽症高血圧や高脂血症など普段は自覚症状がないため生活にほとんど支障はないものの、健康診断などの検査結果は異常値がみられるなど、いわゆるグレーゾーン、病気予備軍と捉えられます。

プロバイオティクスやプレバイオティクスは、医薬品というよりは、食品やサプリメントとして摂取されることがほとんどです。健康な人でも、ストレスなどで腸内フローラの恒常性が乱れることがあります。その場合でも、継続的にプロバイオティクスを摂取することで、腸内フローラの乱れを補完するような働きをする証拠が得られています。したがってその効果は、治療よりもむしろ本来的に未病の予防や状態改善に役立ちます。そのため保健作用に関する研究が幅広く進められています。

生体防御論と乳酸菌

体を守る働きである生体防御にとって、腸内フローラは外界からの異物侵入に対する初期防御をする意味で重要な役割を果たしています。まさに生体防御の最前線で働いているといえるでしょう。

著者の野本先生は、乳酸菌による生体防御の方向づけを基盤とした研究を進めてきました。乳酸菌が自然免疫によって生体防御機能を促進すること、腸管という局所の環境が全身の健康に影響を与えることについて追求され、人々の健康を支えてきたのです。

腸内フローラ異常
腸内フローラ異常

期待が集まる腸内フローラとプロバイオティクス研究

予防医学と腸内フローラ

予防医学において、病気を発症していない健康者から病気の原因を取り除いたり、病気の発症を防いだりするための措置を取ることを、1次予防と呼んでいます。また、病気を発症した人をより早く診断し、早期治療を行って病気の進行を抑えることを2次予防といいます。さらに3次予防は、治療後の後遺症や再発の防止、また効果的なリハビリを行うことを指しています。プロバイオティクスやプレバイオティクスは、すべての段階の予防に適用が可能です。

さまざまな疾病の発症に腸内フローラが関わっていることから、あらかじめ予防的に腸内フローラから問題となる菌を取り除いたり、または状態を改善する作用を持つ菌を腸内に定着させたり、このような研究を軸としたこれまでにない手法の開発が期待されています。

腸内環境の改善を目指した最新研究

さまざまな薬剤に対する効きやすさに、個人差があることはよく知られています。善玉菌を増やすプロバイオティクスにも、反応性が高い人となかなか効果が現れない人とがいます。腸内には、さまざまな微生物が腸内へむやみに定着することを防ぐシステムがあり、健康であれば一過的な腸内フローラの乱れを正常に戻せますが、逆にプロバイオティクス菌株をそのまま排泄してしまうこともあります。そのため、安定的に腸管に定着することで機能を発揮する菌株の開発が重要となります。

また、免疫や生体防御の観点からすると、腸内細菌やプロバイオティクスの作用は、必ずしも生菌でなくとも発揮される可能性があるといいます。例えば、少々の加熱では活性が失われない菌や、分厚い細胞壁で免疫作用が守られる死菌体など、生菌と同等の効果がある菌なども存在します。

さまざまな研究結果が多くの製品となり、身近に手に入るようになってきました。健康には、日々の食生活や運動が大切であり、きれいな腸内フローラを保つことも重要です。意識して腸内環境の改善に取り組まれてはいかがでしょうか。

健康な腸の微生物をそのまま移植

人による臨床実験で、健常者の便微生物をそのまま移植することで、病状が改善されたという結果が出ています。これは、便微生物移植(FMT)と呼ばれるもので、多様な研究が続いています。

今後は、FMTからさらに発展し、有用な内在性微生物の組み合わせを確立させ腸内に移植する、選択的腸内微生物移植(SMT)の研究に期待が集まっています。

IBD(炎症性腸疾患)患者への便微生物移植の方法
IBD(炎症性腸疾患)患者への便微生物移植の方法

「腸内フローラ」は3回にわたりお届けしてきました。
各号を通して、皆さまのご参考になれば幸いです。次号から新たなテーマがスタートします。
お楽しみに。