人とシステム

季刊誌
NTTデータエンジニアリングシステムズが発行する
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No.105 | 社長インタビュー
老舗の染色工場がDXで産み出す
新しいメイドインジャパンの魅力
デジタル活用による効率化で新たな染色の可能性を模索
老舗の染色工場がDXで産み出す新しいメイドインジャパンの魅力

製造業の多くの中小企業で直面するデジタル化への課題は、他業種でも同様に取り組まれています。今回は、外部環境の変化に対応したデジタル化の推進により、成長を続ける他業種の企業をご紹介します。創業明治42年(1909年)、東京の文京区に工場を持つ株式会社内田染工場様は、若い職人さんが活き活きと洋服を染める老舗の染色会社です。そのモチベーションは、熱気あるデザイナーやブランドとの協業にあります。職人技の一部をデジタル化することで染色技術の研究開発に注力する環境を整え、新たな可能性を追求する代表取締役の内田光治様に、メイドインジャパンの魅力とDX(Digital Transformation)の必要性について伺いました。

一点物に近い物の量産ができる
メイドインジャパンの独自技術

株式会社 内田染工場 代表取締役社長 内田 光治 様 Mitsuharu Uchida
株式会社 内田染工場
代表取締役社長
内田 光治 様
Mitsuharu Uchida

株式会社 内田染工場 [ウチダセンコウジョウ]
【創立】1909年(明治42年)
【本社所在地】東京都文京区白山3-5-2
【従業員数】26名(男性18名、女性8名)
【事業内容】染色加工業
すでに縫製済みの衣類を特殊な染色・および脱色法で加工し付加価値を産み出す、彩り鮮やかな活気あふれる会社です。東京の真ん中で営業しておりますので、アパレル様との距離が非常に近く地の利を生かしたスピーディーな対応を心がけております。

 この度は、御社のデジタル化における取り組みについての対談を快くお引き受けいただき、ありがとうございます。私たちのお客さまである製造業と御社の業種は異なりますが、苦労している点は同じかと思います。御社のデジタル化の取り組みから、気づきや学びへとつなげていければと考えております。まず、御社のご紹介から伺えますか。

内田 先祖は、織物の産地であった群馬県桐生市で代々呉服屋を営んでいました。私の祖父が東京に出てきて染色の修行を行った後、明治42年に内田染工場を創業し、今年で114年目を迎えます。私がその3代目となります。

 歴史ある染物工場として、さまざまな製品を染色されているそうですが、御社の得意とする分野を伺えますか。

内田 染色には、糸や綿を染める先染めや生地を染める後染め、縫製後の衣類を染める製品染めがあります。当社はその中の製品染めを得意としており、デザインの良さをさらに引き出すグラデーション染めやスプレー染め、独特の模様が出る板締染や刷毛染めなど、さまざまな技法を使って染めています。また、染めるだけでなく脱色をうまく組み合わせることで、日本製ならではの風合いと、これまでにない新たな価値を生み出す染色を行っています。

 御社が得意とする製品染めは、どのようなお客さまから依頼されてくるのですか。

内田 アパレルメーカーだけでなく、トップアイドルやスポーツ選手、ミュージシャンのコスチューム、パリコレに参加しているようなデザイナーズブランドなども手掛けています。ほとんどの素材を染める技術を持っているので、幅広い分野でご利用いただいています。特に一点物に近い物を量産できることが、一番の強みだといえます。お客さまからは、困ったときの「駆け込み寺」のように頼りにされており、どうしてもこの素材のこの色が欲しいと、ファッションショーの前々日に依頼が入ることもあります。

 確かにアイドルグループの衣装は、それぞれが個性的なのに統一感のあるイメージになっています。これが一点物に近い量産ということですね。こういったオリジナルの染色をされている職人さんの作業を一部DX化することで、大幅な効率化を実現されたそうですが、最初に取り組まれたのはどのようなことだったのですか。

内田 アパレル関連の染色依頼は、ファッションショーや展示会などに向けてオーダーが入るので、どうしても春夏秋冬のコレクション時期に集中しがちです。お客さまからオーダーを受けると、まず色見本としてビーカー染めという色の確認作業から始めます。そこで承認されると次に初回サンプルの染色、展示会サンプルの染色を行い、量産へと流れていきます。従来この最初のビーカー染めは、依頼通りの色を出すため、経験のある職人が生地と染料の特性を見極めて何度も染め直しを行う時間のかかる作業でした。そのため、繁忙期に数十社から数十色単位のオーダーが集中すると、このビーカー染めがボトルネックとなり仕事を取れないことが多くありました。そこで、ビーカー染めの作業の効率化を図るため、1995年にCCM(コンピューター・カラー・マッチングシステム)というシステムを導入しました。

ビーカー染めが2週間から1日に
削減できた時間を新たな研究開発へ

NTTデータエンジニアリングシステムズ 代表取締役社長 東 和久 Kazuhisa Higashi
NTTデータエンジニアリングシステムズ
代表取締役社長
東 和久
Kazuhisa Higashi

 CCMの導入について、職人の技術をシステム化することに反対はなかったのですか。

内田 反対というより、「このようなシステムを使いこなせるか」や「自分の今の仕事を取られないか」という不安の声が多くありました。

 分かります。さまざまな職種で人工知能(AI)が普及し始めたころ、自分の仕事がなくなる、あるいはAIに使われるのではないか、という同じような不安を持たれた方もたくさんいましたが、今ではAIを活用するメリットが理解され、労働者不足への対策などにも期待されるようになりました。御社も同じでしょうか。

内田 その通りです。CCMが導入される前は、ビーカー染めに1~2週間かかっていたのが最短1日で終わるようになり、今ではなくてはならない存在になっています。

 どのようにして導入の賛同を得たのですか。

内田 当社で最も熟練した職人と一緒にCCMの調査を始めました。まず、メーカーから最新のCCMの説明を受けたり、実際に使っている大手の染色工場へ見学に行ったりしました。その職人は、別の染色工場で働いていた30年ほど前にCCMを使ったことがあり、その当時はとても使いづらかったようです。しかし、今のCCMが大きく進化していることが分かったので、これは使えると実感したことが導入につながりました。使う職人がその気にならないと導入しても稼働しませんから、使いづらかった時代の経験者がいて逆によかったと思います。今はこの職人がCCMを主に操作をしています。

 CCMのシステムについて、もう少し詳しくお話しいただけますか。

内田 まず、専用のスキャナーで色見本の生地に強い光を当て光の透過で色を分析し、コンピューターが対象となる複数の染料を選びます。次に職人が経験を基にその中から有効と考える染料を選ぶと、コンピューターが自動的に配合割合を算出します。その候補の中から再び職人が最適と考える組み合わせを決めると、自動的に50種類の染料から必要量を計量して調合します。それをビーカーに移してビーカー染めの工程に移るという仕組みです。

 このためには、生地ごとに染料のデータを蓄積して、それをデータベース化しているということですよね。

内田 そうです。基礎データを読み込ませる作業は半年以上かかりました。その地道な作業の結果、今があります。

 半年以上にわたってデータを取り込んで、さらに調整されたということですね。AIなども同じですが、このデータの蓄積ができるかできないかが成否の分かれ目です。また、導入後もデータの整備は不可欠です。私たちも地道な作業を多く行っているので、よく分かります。導入までは、従来の作業と並行して行ったということでしょうから、実現されたのはすごいですね。

内田 これは、職人の協力があってのことです。ビーカー染めの作業時間を大幅に削減できたことで、新しい製品染めの研究開発にも時間を使えるようになりました。

多くの染料から必要な分量を自動的に配合(左)。専用のスキャナーで見本を分析することで、再現する染料を自動で選出(中)。ビーカー染めと呼ばれる見本染めを経て製品化(右)
多くの染料から必要な分量を自動的に配合(左)。専用のスキャナーで見本を分析することで、再現する染料を自動で選出(中)。ビーカー染めと呼ばれる見本染めを経て製品化(右)。

若い職人の可能性を広げる
さまざまな環境整備

 他にもタブレットを活用した業務の効率化を実現していると聞いています。

内田 2015年に新しく業務システムを導入して、受注ごとの染め工程や機械の稼働予定などを一括で管理しています。それと同時に現場の社員全員にタブレットを配布して、業務の進捗状況をタイムリーに把握できるようにしました。

 業務システムを導入する前はどのように予定を管理されていたのですか。

内田染工場が得意とするグラデーション染めをはじめ、さまざまな技法を組み合わせることで、一点物のような製品の量産化を実現。右側は人形の上着。
内田染工場が得意とするグラデーション染めをはじめ、さまざまな技法を組み合わせることで、一点物のような製品の量産化を実現。右側は人形の上着。

内田 予定表は、最初は手書きで作成しており、その後、表計算ソフトに変更しましたが、それでも1人が1日がかりで作成するような状況でした。これではいけないと思い、時間をかけて改良をしながら、現在の自動的に予定表を作成できるシステムを構築しました。最近では、予定表に自分たちで研究開発のための試作時間も確保したいという提案が職人からあり、作業の見える化を進めています。

 時代の変化に合わせることは重要ですね。若い職人さんが新技術に興味を持って学べる環境づくりが必要だと思います。一方で経験がなく、失敗や行き詰まって自分では解決ができないときのために、ノウハウの伝承も重要だと思います。

内田 そうですね。何か壁に当たった時の解決は、経験を積んでいないと対処が難しいというのは染色の世界も同じです。今でしたら、ベテランが何人かいてフォローもできるので、若い人たちには今のうちにチャレンジしてもらいたいと思っています。昨今、日本のアパレル業界は海外生産品に押されて衰退が続いている状況にあります。それに対して、熱心なデザイナーらはメイドインジャパンの良さに注目して、新しいファッションを創造しようとしていますが、国内にその受け皿がなくなってきています。そこで、当社がその受け皿になるべく、デザイナーのこだわりの部分には職人として徹底的に手間をかけて作業をしています。その作業を行うためにも、DXは不可欠だったと思います。

 これは、日本のものづくり全般が同じような状況ですね。これまで現場を支えてきた技術者が高齢となり、技術伝承が難しくなっています。何かの拍子に昔の技術に立ち戻らなくてはいけなくなった時に、ノウハウが残っていないのです。私たちの役割は、技術伝承をスムーズに行えるよう協力することだと思っています。御社は、これからの取り組みをどのようにお考えですか。

内田 現在、若いスタッフを中心に独自の染色技術の研究開発を行い、その成果をSNSで発信しており、フォロワーも3000人を超えてきています。そのSNSが海外のデザイナーの目に留まり、直接問い合わせが入ってくることもあります。そういうグローバルな展開にも力を入れていきたいですね。

さらに染色のプロとして、古着や在庫品を染め直すことで新たな価値を作り上げる自社ブランドの「UCHIDA DYEING WORKS」を2019年に立ち上げました。これを柱事業に成長させていければ、社員のモチベーションにもつながると考えています。すでに、いろいろなブランドとのコラボレーション企画も始まっています。

それから重視しているのは、環境問題への取り組みです。染色は大量の水を使用する業種ですので、水の使用量を大幅に減らす機器の導入や熱交換機器の導入による省エネと環境対策も進めていく必要があると考えています。

 盛りだくさんのチャレンジが控えていますね。御社と製造業である私たちのお客さまは、業種は異なりますが同じ技術者集団としてメイドインジャパンを支える企業です。DX化により作業効率の向上を図り、染色の新しい分野を開拓されていくよう、ご活躍を期待しております。私たちも今まで以上にお客さまのデジタル化推進のお役に立てるよう取り組んでいきたいと思います。

本日はありがとうございました。