人とシステム

季刊誌
NTTデータエンジニアリングシステムズが発行する
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No.108 | トピックス
生成AIと製造業
人とマシンの共生に向けた新たなパラダイムのはじまり

大規模言語モデル(LLM:Large Language Models)による自然な対話(話し言葉)能力を備えた生成人工知能(AI)サービス「ChatGPT(チャットGPT)」の登場により、世界中が沸き立ち、産業界では概念検証(PoC:Proof of Concept、実現性の確認など)が活発に行われています。生成AIは卓越した言語能力が話題ですが、それにとどまらず、動画像やセンサデータ、空間情報なども関連付けて処理するマルチモーダル(複数手段)モデルへと進化を遂げ、社会生活や仕事のあり方を大きく変えることになりそうです。

生成AIの市場シェア

米調査会社のGrand View Researchによると、生成AIの世界市場は2022年実績が1兆2000億円、2030年までに14兆2000億円に拡大すると予測しています(下図)。分野別でみると、ソフトウエア領域が64.8%と最も高い収益シェアを占めています。LLMの特定業務への適用や既存のアプリケーションとの組み合わせなどで、生成AIベースのソフトウエアの使用が急増したことが背景です。2022年~2030年の期間のCAGR(Compound Annual Growth Rate:年平均成長率)は35.6%と高水準で、地域別にみると、シェア40.2%の北米市場が一番大きいことがわかります。

 
グラフ
(出所:米調査会社のGrand View Research)

国内生成AIのユースケース(活用例)市場も活況に推移する見通しです。調査会社のIDC Japanは生成AI市場をオーディオ、イメージ、テキスト、ビデオの4種類に分類し、支出額から市場規模を推定。2023年9月公表の調査によると、国内生成AIのユースケース市場は2022年から5年間のCAGRが194.7%、2027年には市場規模は786億9400万円と予測しています。

生成AIの活用は検索やテキストの要約などの一般業務に加え、今後は「エンターテインメントや顧客体験(CX)分野での音声・広告作成、教育分野での教材作成など多岐にわたる」(IDC Japan)と展望しています。

製造業と生成AI

製造業においても製品設計から生産プロセスの効率化、サプライチェーン(供給網)の最適化まで、生成AIの活用が期待される分野はたくさんあります。LLMはプログラムコードの自動生成機能もあり、工場自動化(FA:Factory Automation)への活用は国内外ですでに始まっています。

もとより、製造業におけるAI活用は今に始まったことではありません。データ分析やシステムの自動化などでAIの活用事例は数多くありますが、生成AIの登場で技術進化が加速し、扱えるデータ量が一気に増え、これまで実現が難しかった「あるべき姿」が現実となってきたと言えます。

AIの技術進化は2010年頃に台頭した「深層学習(ディープラーニング)」によって、新たな時代を迎えました。ただし、コンピュータに正解を教えるために、用途別に大量の学習データを集めたり、分類(タグ付け)したりしなければならず、開発作業には膨大な時間と労力が必要でした。

その後、2000年代前半から、分類なしの生データからAIが自ら学ぶ「自己教師学習」と呼ぶ手法が広がり、AIが扱えるデータの量や種類が急拡大しました。ブレークスルーは2017、18年頃です。多様なデータから学習した大規模なAIモデル(数理モデル)をいったん作ってしまえば、それをもとに追加学習し、必要とするAIモデルやアプリを効率よく作れる手法が確立しました。

ここで言う大規模なAIモデルとは「Foundation Model(基盤モデル)」と呼ばれ、生成AIの肝となる技術です。前述したLLMも基盤モデルの一種です。スポーツ選手に例えると、高い身体能力を身に付けたアスリートが基盤モデルと言えます。1から個別の競技について学ぶのではなく、走る、投げるなどの基礎体力を身に付けてから、個別競技を学ぶようなイメージです。身体能力が高ければ、多様な競技をこなせます。生成AIの場合でいえば、用途別に追加学習すれば、1から学習しなくてもよい結果が出せるというわけです。

匠の技術・ノウハウもAIモデルに

工作機械などの生産ラインから上がってくるデータを見える化し、稼働率や不具合などを統合業務パッケージ(ERP:Enterprise Resources Planning)にリアルタイムに伝え、生産プロセスを最適化する。こうした仕組みは、製造業が目指すデジタル化の「あるべき姿」の一つといえます。

ただ、製造現場の実態としては、機械の不具合で生産が滞ることは珍しくなく、トラブル箇所を特定したり、不具合の予兆を事前に検知したりするには熟練技術者の匠の技術・ノウハウが不可欠です。

実はAI活用によるシミュレーションや予防保全などの必要性は、2010年代初頭から日本やドイツなどの製造業界で取り沙汰されてきました。しかし、当時のAI技術では膨大なデータを学習したり、熟練者のノウハウをモデル化したりする作業が十分にこなせず、「あるべき姿」からほど遠く、概念が先行していました。

その後、10年以上が経過し、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)や生成AIなどの技術革新が進展し、製造業が目指すデジタル化の「あるべき姿」の一環として、実世界を仮想空間で再現する「デジタルツイン」という概念が改めて脚光を浴びています。

生成AIを用いれば人間自体をモデル化することも可能です。企業活動を人の動きも含めて仮想空間上にデジタルツインとして再現し、シミュレーションしながら業務上の意思決定や経営判断を下すような世界はすぐそこにあります。

生成AIが変える近未来

4月にドイツで開かれた世界最大規模の産業技術見本市「ハノーバーメッセ2023」では、生成AIを活用した産業向けソリューションの参考出展が話題となりました。

デモの手順としては、まず不具合を見つけた作業者がアプリケーションを通じて、その都度音声でモバイル端末に状況を入力。その内容について生成AIが構文解析や社内の公式言語への翻訳まで行い、要約リポートを作成し、社内で素早く共有する、というシナリオで行われました。こうしたデモは、人とマシンが共生する近未来の姿を垣間見せるものでした。

グラフ
マルチモーダル対応のLLMを用いた自律走行ロボットの実証

生成AIの技術革新を巡っては「GAFAM」と呼ばれる巨大プラットフォーマーの動向も見逃せません。まだ研究開発の段階ですが、ChatGPTを用いて、自然言語(話し言葉)でさまざまなロボットを制御する取り組みが相次いでいます。マルチモーダル対応のLLMを用いた自律走行ロボットの実証では、生のセンサデータで言語モデルを訓練しています。「引き出しの中のお菓子を持ってきて」と指示すると、ロボットがテーブルに近づいて引き出しを開閉し、ハンドでつかんだ菓子袋を所定の場所まで運ぶといったことも実現しています。未来の工場では作業者と製造装置が対話しながら、作業を行うシーンも想定されます。

グラフ
マルチモーダル対応のLLMを用いた自律走行ロボットの実証

日本の革新的な技術に期待

工場内にある産業用ロボットやプログラマブル・コントローラ(PLC)などの機器を制御するプログラムを生成AIで作ることが当たり前となる日はそう遠くはありません。

FAの保守業務では、IoTベースのモニタリングや予兆検知に始まり、要因調査や対応策検討のための作業リスト制作、作業後の報告書制作など、人間がインプットしたり作業指示を出したりしている場面で活用できるシーンが想定されます。

生成AIはプロンプト(指示)に基づき、データを生成します。カギとなるのは「人とのインタラクション(対話)」です。「人とマシンとの共生」に向けた新しいパラダイムがこれから始まると言ってよいでしょう。