②フードテックはさまざまな課題解決のキーテクノロジー
人口増加、経済成長、気候変動、人為的な環境破壊など、国内外を問わない地球規模の環境変化の影響で、食料需要の増加、農地・天然資源の限界による需要ひっ迫が深刻化すると懸念されています。そういった従来の農林水産業が直面する課題の解決策の一つとして、フードテックへの期待が高まっています。
※図解よくわかるフードテック入門(日刊工業新聞社刊 2022年2月28日発行)
著者:三輪泰史 様
異色の新食材“昆虫食”と水産物“陸上養殖”
古くから知られる次世代のタンパク質源“昆虫食”
フードテックによる新たなタンパク質源として期待されているのが昆虫食です。
江戸時代以降、日本各地で昆虫は貴重な動物性タンパク質源として位置づけられてきました。大正時代を対象とした全国調査によると55種に及ぶ昆虫が41都道府県で食べられています。
当時の昆虫食の代表は、稲の葉や茎を食べるイナゴで、害虫駆除と動物性タンパク質の摂取という一石二鳥の目的により食用にされていました。特に、第2次世界大戦中および戦後の食糧難の時代には、一般家庭の栄養食品とされていたため、高齢の方の中には幼少期に食べた記憶がある方も多いのではないでしょうか。イナゴと並んで、ハチの子、カイコのサナギ、ザザムシなども伝統的な昆虫食です。
近年になって、私たちの食卓で見かけることは少なくなった昆虫食ですが、最近その価値が改めて見直され、次世代の食糧資源の一つとして注目を集めています。その理由に、環境負荷軽減が挙げられます。飼料や土地が畜産よりも少なくすむだけでなく、食品ロスを餌に利用することで、その削減にもつながります。
その他、昆虫を養殖漁業の飼料として利用するための研究も進んでいます。魚粉代替飼料として利用できる可能性を見いだしており、継続的な研究開発が進められています。
養殖による供給量確保で食卓を守る
日本食に欠かせない食材に魚介類(水産物)があります。近年は、おいしくてヘルシーという認識が広まり、さまざまな国で人気が高まっています。
私たちにとってなじみの食材である水産物ですが、最近、サンマやイカが不漁というニュースを目にするようになりました。不漁にはさまざまな原因がありますが、その一因として気候変動が挙げられます。地球温暖化による海水温の変化で回遊ルートや生息域が変化し、従来の漁場で漁獲しにくくなっています。一方で、これまでほとんど水揚げされなかったブリが豊漁になった地域もあり、海水温の変化の影響は魚種によって大きく異なります。併せて、中国などのアジアの新興国で魚介類の需要が急増しており、人気の魚種については国際的な奪い合いともいえる状況になっています。
そのため、天然資源だけでは安定的な魚介類の供給が困難となっています。安定的に国産水産物を供給できる養殖業の拡大が重要であり、日本の養殖業については堅調で、量の面だけでなく、味、品質、大きさなどを調整することが可能です。養殖は、場所によって区分され ます。海でいけすやいかだなどで育てる手法が海面養殖で、湖・池・河川などは内水面養殖、陸上で行う養殖が陸上養殖です。特に、陸上の人工的な環境である水槽で行う陸上養殖が、脚光を浴びています。これらは、IoTや自動制御技術などの活用が進んでいることから、フードテックの代表格の一つに数えられています。

未来の農業につながる植物工場とスマート育種
先進的な農業技術の植物工場
植物工場は、光、温度、二酸化炭素濃度、風速、養液濃度などの栽培環境を、人為的、自動的に最適化した農産物栽培施設のことです。閉鎖空間内で栽培する人工光型(完全閉鎖型)と、自然光が中心で一部を人工照明で補う太陽光併用型、自然光のみを用いる太陽光型(環境制御型温室)などがあります。
植物工場では、産業用ロボットをはじめとするオートメーション技術の導入が進んでいます。さらに、人工知能(AI)の活用が急加速しており、植物の生育状況のモニタリングや環境制御システムの高度化といった生産現場での活用が進んでいます。さらには生産した農産物の流通・販売段階といったサプライチェーンでの活用も始まっています。
また、農業ブームやSDGsへの関心の高まりを受けて、貸農園、体験農園、家庭菜園、ベランダ菜園などが人気となっています。このような都市部での農業は『マイクロファーミング』と呼ばれ、最近はスマート農業技術を導入する事例も出てきました。さらには、部屋の中に置ける家庭用の超小型植物工場が実用・商品化されており、家電量販店でも販売されるなど注目を集めています。

新しい農作物を産み出すスマート育種
農作物の祖先に当たる野生種の植物は、実が小さい・すぐに実が落ちる・毒があるなど、栽培や食用には適さないものがほとんどで、そうした中から利用しやすい性質(形質)を持つものを選んで栽培し、作業性や食味を高めてきました。この過程を栽培化と言い、さらに効率的に優れた品種を生み出すため、目的に合わせて選抜を繰り返す育種技術を発展させてきました。主なものに、交配、放射線や化学薬品などによる突然変異の誘発、遺伝子組み換え、ゲノム編集などがあり、育種のスマート化が進んでいます。遺伝子組み換えでは、従来の品種改良では不可能と考えられていた形質を持つ農作物を生み出すことができます。一例に、βーカロテンを多く含むゴールデンライスがあります。
日本で生まれて世界中で人気のシャインマスカット
ぶどうの人気品種であるシャインマスカットは、スチューベンとマスカット・オブ・アレキサンドリアの交配により得られたブドウ安芸津21号に、白南という品種を交配させることで生まれました。

2号にわたって掲載した「フードテック入門」は今回で終了します。次号から新しいテーマでお届けいたします。お楽しみに。