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No.20 | 社長インタビュー
モノ作りの根幹「型技術」

略歴

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財団法人製造科学技術センター
常務理事 フォトンセンター 所長
松野 建一 様
1938年生まれ
1968年 東京大学工学系大学院博士課程(精密機械工学専攻)修了
通商産業省工業技術院機械試験所(現機械技術研究所)入所
材料工学部塑性加工課長,企画室長,材料工学部長を経て
1989年 同研究所次長
1993年 所長
1997年 財団法人製造科学技術センター常務理事兼フォトンセンター所長就任 現在に至る
1994年6月からの3期6年間にわたって型技術協会副会長を務め、2000年6月から同協会会長に就任

はじめに

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HZS 常務取締役
石塚 敬

石塚 日本の金型業界、これからどんなふうになるのか、私どもとしても一番関心のあるところです。昨年、6月より型技術協会の会長となられて、21世紀に向けての型技術協会の抱負などいろいろなお話をお伺いできればと思っています。まずは、先生の今までのご研究などについてお話いただけますでしょうか。

松野 大学院のときの博士論文が、「打抜き工具の摩耗の研究」でしたので、私の研究は、型技術の分野から始まっています。大学院修了後、通産省の機械技術研究所(当時は機械試験所)に入りました。塑性加工や金属系新材料に関する研究、複合材料の研究など国家プロジェクトに携わってきました。

ドクターを取って入った第1号だったこともあり、公害やエネルギー問題など、専門外のテーマの担当もさせられ、大変苦労したこともありました。研究所で自分の研究をする以外にも、都道府県の工業関係の試験研究所のアドバイザー、コーディネーターとしても活動してきました。

それらの試験研究所には、中小企業大学校での6ヶ月研修という制度があり、3ヶ月座学のあと3ヶ月機械技術研究所などで実習をします。この制度を利用して多くの人を引き受けました。今でもいろいろなことで連携をとって活動しています。

基礎研究

松野 1980年代、アメリカから、日本は何も基礎研究をしないで、欧米の基礎研究を製品化して稼いでいるのはけしからんという批判が出ました。それに対して日本の政府をはじめ官僚は、少しは反論すべきであったにもかかわらず、基礎研究が重要だから、国立研究所もノーベル賞をとるような基礎研究にシフトするようにと言われました。

日本は、製造業、モノづくりで生きてきましたから、基礎研究でメシは食えないと反発しましたが、通産省の技官では何を言っても相手にしてくれません。さらに、機械技術、特に生産技術は世界でトップだからこれ以上やることはないだろうと予算も抑えられてしまいました。我々は、日本の経済力を支えるためには世界トップを維持することが必要なのであり、そのためには、予算をつけて民間も含めた研究をする必要があると主張しましたが、聞く耳を持たなかったですね。

日本が基礎研究シフトをしている頃、アメリカやヨーロッパでは、産業界に役に立つ研究へのシフトをしていました。アメリカは、一方では日本を批判しながら、もう一方では、日本の製造業に学べと、製造業の復活に力を入れ、メイド・イン・アメリカをサポートしていたわけです。結局、平成5年か6年ごろ、通産省の工業技術院も基礎研究シフトをやめようと言い出しました。

基礎研究と言われていたときも、機械技術であるからには、実用や産業界のことを頭の片隅に置いて研究をしてくださいと研究所の人たちにずっと言い続けてきましたので、その通りの方向にきて、非常によかったと思っています。

インターンシップ

松野 「現場を見ないとだめだ。」と盛んに言ってきましたが、最近は、研究所の人たちも、現場を見たり、企業に行く機会が少なくなったと感じます。最近、大学の外部評価を依頼され、大学でも学生が現場を見なくなり、工場実習や、工場見学も減っているのに驚いています。

シミュレーションなどでも、現場を知らないために、とんでもない境界条件や摩擦係数を入力して、平気でいる学生もいます。学生にもっとモノ作りの現場を知ってもらおうと、文部省でも、教育改革プログラムに、「将来の科学技術の発展を託す人材の養成や社会の要請に応える学術研究の振興」「産学連携による人材の育成」「インターンシップの推進」という項目があります。

インターンシップとは、学生が在学中に企業などにおいて将来のキャリアに関連した就業体験をする産学協同プログラムのことです。平成9年7月から、文部省・通商産業省・労働省による「3省連絡会」を設置し、3省が連携してインターンシップの総合的な推進に向けて取り組みを始めました。

平成9年9月に「インターンシップの推進に当たっての基本的考え方」を公表しています。

21世紀を迎え、わが国は、国際化・情報化の進展、産業構造の変化など、日本の社会経済の変化に伴って、大きく転換しようとしています。また、同時に企業内での能力主義の徹底など雇用慣行を取り巻く環境が急速に変わりつつあるとともに、求められる人材についても大きく変わってきています。

インターンシップはこうした状況の中、産・官・学・地域の連携による新たな人材育成の一形態として注目されています。私は、中小企業総合事業団から依頼を受けて、広域連携プロモータとしてインターンシップの支援をする活動も行っています。広域連携とは、県内や地域だけではなく、全国レベルで、産学が連携を取って展開することです。

学生が、自分の出身県に戻ってインターンシップをするとか、学校所在地でも出身地でもない場所でインターンシップをする支援も行います。中小企業総合事業団が行っている「モノづくり人材育成事業」の中で、特に中小企業のモノづくり工場での実習、インターンシップを手伝っています。

産学連携/TLO

石塚 そういうことが必要だと思ってもなかなかやれない、という企業が多いですね。だから、そのへんをうまく支援していただけると、ずい分違ったものが出てくるような気がします。金型関係っていうのは、そういうことがすごく多いと思います。

松野 通産省関係の補助金で、中小企業向けのものもあり、年間数千万円の補助金が出たりもします。その審査でよく感じるのは、申請書には、いろいろないいアイディアが書いてあるのですが、大学の先生と組んでもうひと工夫あるといいのにという提案が結構あります。

うまく組んで来ているものは、大体いい点がついて、いい評価をされます。そのような産学連携が、もっとあってもいいと思います。最近、大学の先生のアイディアを産業界に結びつけようと、TLO(Technology Licensing Organization)が、各大学で盛んに作られるようになっています。

石塚 それは文部省が実施しているのですか。

松野 文部省と通産省です。
通産省にも大学等連携推進室ができまして、文部省と連携して活動しています。

TLOはできても、大学の先生はまだあまり慣れていませんので、もっと時間をかけてやり方を変えていかないとうまくいかないという気がします。

MTとITのドッキング

松野 幸いなことに一昨年に、モノづくり、製造業の復活を図ろうと、「ものづくり懇談会」が設置され、昨年の5月に提言が出されました。日本の製造業が見直されるのは非常にいいことだと思っています。

モノづくりという言葉を、いろんな人がいろんなところで言いますが、今後のモノづくりは、従来のモノづくりだけではなく、ITつまり情報技術が入った高度なものであることが必要です。「ものづくり懇談会」の提言にも、「ものづくりが「人」づくりにあることを十分踏まえた上で、情報技術(IT)の活用により「技能」を可能な限り「技術」に置き換え、情報技術(IT)、と製造技術(MT)を融合した生産システムを構築する新しい試みに着手することが必要である。」と示されています。

私もそういう方向だと思っています。ただ、これがITだけでもダメですし、技能も入ったMTがITと結びつかないとダメだと思っています。技能を情報化するということは、大変難しいことですが、可能なところから早くやらなければいけないと思っています。

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モノづくり技術の中でも、金型技術は、モノづくりの根幹、モノづくりの共通基盤技術と言えると思います。しかも、MTとITがドッキングしなければいけない一番重要な技術であり、もうすでにITがかなり進みつつある領域です。「ものづくり懇談会」の提言に、「ものづくり産業は21世紀においても我が国の生命線とも言うべき経済力の源泉」とあります。

21世紀において日本の経済を支える基盤であるモノづくり、そのモノづくりを支える基盤である型技術、しかもITとMTのドッキングしたような領域である型技術を、どんどん発展させる中心に型技術協会を持っていきたいと考えています。

型技術協会の役割

竹内 今までのお話をお伺いしていますと、型技術協会の役割は、大きいですね。

松野 ノーベル賞をとられた白川先生の技術も、最初の製品アイディアはアメリカかもしれませんが、実際の製品にしたのは日本だということです。実質的な工業製品につくりあげ、ある程度利益を上げて、また次のものを考えていくのが、今後の日本の生きる道だと思います。

そのためにも、研究所の人、大学の先生、学生にもっと、現場を見てもらいたい。逆に産業界の人は、研究所や大学がどんなことをやっているか、お互いに知り合う必要があると思います。そういう交流を積極的に図ることが、これからの型技術協会の役割のひとつではないかと思いますし、官庁も、あるところではサポートする必要があるのではないかと思います。

情報を交換できるような場ができているようで、それほどできていないですね。官主導で、たとえば都道府県ですと異業種交流プラザなど、いろいろありますが、意外と進んでいないですね。

石塚 企業というのは、今までやってきたところで成り立っていると、それを変えることを避けようとする性格があると思います。おっしゃるようにどんどん新しいアイディアを取り入れて、やり方を変えていかなければならないというのは、理屈ではわかっても、なかなかできないというところが、一番大きな問題のような気がします。

それを、そうじゃないよ、こうすればいいんだ、というところを示していただくと、変わっていくのではないでしょうか。

松野 日本は、安く速く良いものを作るというのは得意ですが、それであまりにも安く作りすぎて、日本の国内企業同士が競争しすぎたというのがあると思いますね。これは国内だけではなく、海外に行って競争しているのも日本企業同士だということが多いです。

良いものを速く安く作って競争しすぎて、薄利多売にしたために、日銭を稼ぐのに一生懸命で、企業が余裕を持てなかったのだと思います。ですから、競争をほどほどにして適切な利益を確保し、新しいものを考える余裕を持てるようにできないかと思っているのです。

ヨーロッパでは特に、ある会社が良い製品を作ると、他社はマネをするのではなく、それじゃ違うものを作ろう、という発想です。日本の場合はすぐマネをして、後発のほうが速く安く作ってしまい、創始者メリットがあまりないですね。それから、もうひとつ、技術料を支払うという習慣がありません。技術やノウハウは「タダ」という感じがあります。外国の場合は、医師や弁護士に電話で聞いてもすぐ請求書が来ます。

これに対し、日本の医師は検査や薬で稼がなければならないし、企業も技術よりもハードウェアで稼がなければならない、数を売らないと稼げない状況です。その辺を、なんとか変えられないかなという感じはします。

石塚 型メーカさんも、型の技術を設計しているところから利用してもらいたという話をされますが、対価が正当に払われないというところでジレンマがおありになると思います。

松野 鍛圧機械、プレス機械は、いまだにトンいくらという考えのようですし、金型や、それで作られる素形材も同様のようです。ですから、まずこの考えを変えられないかと思っています。また、ベンチャー企業の新しいアイディアを大企業が恥も外聞もなくマネをし、ベンチャーがダメになってしまう。

これを、米国のように特許などでしっかりと守ることができないかと思います。人のやったことを尊重しよう、人と違ったことをやろうという、雰囲気がもっとあっていいと思います。それから、やっぱり技術にはきちんと技術料を支払うということがあっていいのではないかと思います。

竹内 必要以上に過剰品質になっているのを見て、日本は先進国だと言っていますが、本当はまだまだ発展途上国ではないかと強く感じることもあります。多分先生のおっしゃることも、似てるような気がします。

松野 1社が出すと、みんなマネをして競争しますから過剰品質になるのです。たとえば、ビデオのリモコンだって過剰品質になってお年寄りが使えなくなっていますね。

石塚 まったく、そうですね。

松野 自動販売機。これは便利ですが、日本は飲み物の自動販売機だけで原子力発電所1個分の電力を使ってるそうです。

石塚 自動販売機があるのは日本だけですからね。

これからの製造業

松野 日本のモノづくりは、高品質、低コスト、短納期でやってきました。製造メーカの生産技術者は、1個何銭という節約をして、コストダウンを図っています。ところが営業になると、1万円くらいの単位で平気で値引きをする。

会社になると、何億円とか平気な顔をして、いろいろなところに使う。それが国になると、何百億、何千億、平気で補填する。どうも、1個何銭のコストダウンを図っている人から見れば、やっていられないでしょう。

石塚 桁が違いますね。感覚が麻痺するのです。

松野 プレス加工品などは、1個あたりにすると何銭ですからね。しかし、安く作るには、人件費の安い発展途上国にかなわない。短納期、高品質は、まだ大丈夫だと思います。高品質な製品を最初に作れるのは、日本だと思います。

ただ、何年かたつと、日本の企業は設備を海外に持っていき、設備がある程度整うと海外でも高品質なものができるようになる。そうすると、高品質も短納期もだんだん追いつかれてしまいます。

日本が生き残るためには、新しいアイディアに基づいた製品を、速く安く高品質に作る、ここしか生きる道はないと思います。それでも新しい製品もそのうち発展途上国にシフトされていきます。ですから、常に新しいものを考えていかなければならない。これは一番難しいことです。

今は、どう作るかよりも、何をつくるかが問題です。でも、日本の製造業は、このことができると思っています。

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HZS
取締役 竹内 敬二

竹内 製造立国日本と言いながら、自動車メーカさん、家電メーカさんがどんどん海外へ出て行く。さきほど先生がおっしゃったように、金型も、難しいものは日本で作ってどんどん発展し、やさしいものはシフトされていく。そうすると、今後、金型メーカさんは、どのようにして生き残るのか。

松野 金型の領域でも、まだまだ作り方を変えたり材料を変えたりしていくところはあると思います。特に大量生産の時代に比べますと、今は多品種少量、変種変量になってきていますから、ひとつの金型で作る量はどんどん減ってきています。

そういうことから考えますと、作り方を相当変えていく必要があると思います。特に最近話題になっているのがトヨタ自動車と虹技が開発した焼入れ鋳鉄による短納期・低コストなプレス金型の開発です。これでいろいろな賞を受賞しています。これは材質面です。

竹内 構造的にもまだまだ多品種少量にあったような構造にするなど、いい意味での手抜きをする領域があるのでしょうね。

松野 それこそ、御社でやっておられる解析などをして、ここはもっと手を抜けるんじゃないかとかいうことはあり得ると思いますね。ただ、それは型メーカ、ユーザが、やってみようと思わないとダメでしょうが。各メーカが型の共通化、部品の共通化ということで、コストダウンを図りながらやっていくと、さらに生産金額は小さくなる。

海外のレベルが上がってくる。そうなったときに日本の型メーカはどういう考え方で生き残りをかけるのか。ひとつ考えられるのは、海外からの積極的な受注です。大手の型メーカでは、アメリカ・ヨーロッパの仕事を取ってきていますが、日本の型メーカ全体を見ると、海外の仕事を取らず、日本の企業にしがみついているメーカが多いというのが現状だと思います。

実際にアメリカで型がいる、ヨーロッパで型がいる、中国ではもっといる。そういうところに向けて、適切な方を供給する。世界を市場とした型メーカがもっと多くなる必要があると思います。

HZSへ

石塚 最後にCAD/CAMベンダーへの21世紀に向けてのメッセージをいただければと思います。

松野 モノづくりが重要であること、MTとITが融合しなければいけないこと、型技術はモノづくりの根幹であり、MTとITの融合にぴったりの技術であることからHZSはまさしくその領域の企業であり、大いに期待したいと思います。

石塚 そのような領域で貢献できるよう、努力をしてまいります。ぜひまたご指導も含めてよろしくお願いいたします。今日は、お忙しいお時間を、どうもありがとうございました。