人とシステム

季刊誌
NTTデータエンジニアリングシステムズが発行する
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No.24 | 社長インタビュー
日本の金型メーカは勝ち残れるか?

金型の分野でご活躍中の、

池上金型工業株式会社 代表取締役社長 池上正信様

株式会社日本デザインエンジニアリング 代表取締役 岩壁清行様

双葉電子工業株式会社 精機事業部 精機情報技術グループ 渡邉和彦様

にお話をお伺いしました。

川下 厳しい世界情勢の中で勝ち進んでいくために、金型業界として主体性をもったITへの考え方、また、金型製造における東南アジアとの協業はありえるのかなど、お話いただければと思います。

金型業界としてのIT

岩壁 金型業界におけるITには、マーケティングの部分と社内の生産効率化の部分があると思いますが、目的を明確にしないと中途半端なものになってしまうような気がします。

川下 社内の効率化という部分でのIT化は進んでいるのでしょうか?

岩壁 一部の会社では進んでいますが、業界全体ではまだまだでしょう。社内をLANでネットワーク接続している会社は、金型業界では非常に進んでいる会社だと思います。池上さんは、何年くらい前に入れられましたか?

池上 全社的に実施したのは2年前です。もともと社内のパソコンLANは、DNCで使っていましたし、5年ほど前から、設計など一部の部門で、お客様と電子メールを使ってデータの受け渡しを行っていました。
情報交換の手段としての電子メールが一般的になった時点で、全社的に実施しました。現在頭を痛めているのは、ウィルスやセキュリティの対策です。

岩壁 IT化を進めて便利になったけれど、システムのプロではないから、対応に苦労しますね。

渡邉 システムがおかしくなったときに、プロが見ればウィルスだとすぐにわかる場合でも、なぜおかしくなっているのかわからないケースが多いですね。

池上 一番心配なのは、第3者に被害を与えてしまうことです。ウィルスなどで取引先に被害を与えて信用を落としてしまうと、我々としては、大問題になります。

渡邉 最低限どこまでセキュリティをかけるかがわからず、過剰にセキュリティをかけすぎて、使えなくなってやめてしまうことも多いです。やはり道具ですから、何に使いたいのかをはっきりさせてから使わないと、うまくいかないでしょうね。

池上 CAD/CAMも含めて、コスト的に専任のシステム管理者をおけないものですから、システムを提供するところが、面倒を見てくれると大変助かります。
どこの金型メーカもまだまだ全社員がパソコンを持つというイメージを持っていないと思うのです。もちろんトップマネージメントなり、ミドルマネージメントなり、営業のようなところは、なんとか使いこなそうとしますし、仕事として受け止めてくれます。ただそこから先の、機械加工のオペレータや、仕上げの職人さんがやはりまだ自分とは無縁の世界だと認識しているのは自然なことだと思います。

岩壁 過去の製造工場を応援していた歴史をひきずると、現実問題としてそうでしょうが、スーパー磨き職人や、スーパー加工担当者にとって、どういう仕組みが最高なのか。上流で3次元データを作成し、各種属性をつけたものが、どこでもビューワで見れる。工場では、磨き職人がパソコンで3次元形状を見ながら作業をするという最高スペックのイメージを誰も作ろうとしない。現場の職人にできるわけがないという前提が縛りになって、新しい発想がなかなか出てこない。
スーパー職人がいて、理想の金型工場の未来はこうあるべきだというストーリーのほうが夢もあるし、おもしろいと個人的には思います。

渡邉 可能性は確かにありますね。磨き職人が全体像を見て、どこまでやればいいか判断ができれば、本当に必要な作業だけをする。そういう世界になってくると、またモノの作り方が変わるかなと思います。

岩壁 そうですね。そこまでになると、本当の意味でここにはどういう情報が必要なのか、どういうソフトや道具が必要なのかよく見えてくるようになるでしょう。今はわからないから、図面の中にひたすら情報を詰め込んで現場に渡しますが、誰も見ていない寸法も結構あると思います。情報過多になり、非効率な形になっている気がします。
5年後10年後はこうあるべきだというところで会社の仕組みを考えて、システムもどうあるべきかを考えていく必要がありますね。

3次元化

川下 金型の場合は、磨き・加工・NCデータ作り・設計など、それぞれの部門で工程内不良が発生している。これをなくすことができれば、さらにコストダウンすることができる。工程内不良の50%以上がいわゆる設計ミスに起因しているので、設計ミスをなくすために3次元CADを使うという話をお伺いしますが、いかがでしょうか。

岩壁 そこまでちゃんと工程内不良を把握している会社はすごいね。池上さんのところは?

池上 一応、把握しています。

岩壁 大体どのくらい?

池上 山のようにあります。設計を含む全ての工程で、ミスによるロスをコストとして金額を出しています。でも金額が出ているのは、氷山の一角でしょう。

岩壁 出てこないものもたくさんあるのですか。

池上 ありますね。自分の工程以外に原因があればだいたい出てくるのですが。設計を3次元で進めることによって、相当数がつぶせるであろうということもおっしゃるとおりだと思います。

岩壁 当社では3次元のデータサービスを行っています。会社を始めた頃は、自由曲面ものが多かったですが、最近は8割~9割が、複雑な形状の機構部品です。要するに2次元で設計するのが大変なものの依頼です。これは、3次元化で、後工程のミスが減り、結果としてコストダウンできたということを認識しているからだと思います。設計に起因するミスをなくすという点で、メカの複雑な機構系は、3次元化によるメリットが一番大きいところだと言えますね。

渡邉 3次元化に取組むことは間違っていないということですね。

池上 ただ、金型メーカの社長さんの中に、3次元化をして職人のノウハウがシステムに組込まれた時点で、日本の金型づくりの使命は終わるのではないかと危惧されている方が多いですね。

岩壁 3次元のCAD/CAMを使うと、今まで苦労していたものが簡単にできたり、中国でもそこそこの金型が作成できるというのは、現実問題としてありますね。

設計・金型データの著作権

池上 金型メーカの中には、自分達のノウハウを守るために、暗黙値を形式値に置き換えるべきではないと考えられている方もいらっしゃいます。
そこで議論になるのは、金型のデータや設計のデータそのものに何らかのプロテクトを設けられないかということです。我々のお客様の中には、難しい金型や新しい型構造にチャレンジするときは、まず日本で作って、うまくいくとそれを海外に出されているところがあります。

岩壁 海外に仕事を出すのはいいとして、最低限、仕事を出す側には、ビジネスマナーを守ってほしいですね。

渡邉 金型はアイデア商品ですよね。

岩壁 そうです。毎回、新しいアイディアが盛り込まれていますからね。

渡邉 やはり著作権があって当然ですね。

池上 ところが、別の理由によって、図面やデータを出す必要に迫られてます。今までは、金型に何かあれば製造した型メーカが行ってメンテナンスをしましたが、金型が世界中に散らばることによって、メンテナンスができないケースが出てきました。そうすると、第3者に依頼せざるをえないわけです。成形をされているところが、自分達でメンテナンスするために、図面だけは出してほしいというのも自然な要求です。そして図面を出した時点で、自らの手で第3者に著作権を渡しているのです。

渡邉 日本ではアイディアを出して改善をしても、それは当たり前のごとく過ぎていくことが多いと思います。でも、欧米の方と話していると、自分の知的財産をもっと守るべきだと言われます。アイディアのかたまりのような金型の構造が、どうして特許を取れないのか不思議です。

池上 特許にしても、意見が2つに分かれます。特許を取るということは、自分達のノウハウを開示してしまうだけだという考えが強いと思います。というのは、金型メーカは、ある特定のお客様向けの仕事をするだけで、十分に仕事量もあったし、付加価値も認めていただいてこられたという背景から、第3者にアイデアが知れ渡ることのほうを怖れて、特許を申請しません。
特定の客先と金型メーカのクローズした世界では、第3者が同じアイデアを使っていても、わからないし、知る必要もなかったのです。
ただ、金型のパーツになると話は別で、パーツはアイデアを汎用的に販売するものですから、標準化やセミカスタマイズなどは、どんどん特許を取っていくことが必要だと思います。

渡邉 これからは海外との競争になりますから、日本の技術を保持していくためには、特許をとることも必要ではないでしょうか。

池上 これからは必要ですね。コストの安い外国との間では、特に金型メーカのアイデアが差別化の錠になります。品質、成形時間、納期など、差となるものは、やはり特許を取得していくべきだと思います。

東南アジアとの協業は?

川下 海外の話題になりましたので、中国、東南アジアとの協業についてお話をお伺いしたいのですが、技術的には、お客様が満足する成形品を製作できる金型を早く作るという点では、日本のレベルは高いですね。

池上 そうは思わない。

渡邉 私もそうは思わない。

岩壁 まだ少ないですが、中国でも日本の顧客が満足する技術で金型を作るところが増えてきています。

池上 日本の技術レベルが高いということについて否定しましたが、確かに追いつかれてはいません。日本のレベルを10としたら、東南アジアは、7~8のレベルだと思います。ただ、お客様は東南アジアなら7~8のレベルでいいと判断をし満足されているので、お客様の満足度において差がつくかというと、NOです。
金型の品質あるいは機能では絶対に負けません。

岩壁 それは特定の限られたところだと思います。

池上 いや、どこでも負けないと思います。中国とは成形時のニーズが違いますから。ただお客様は、70~80%でも満足し、100%でも満足してるということです。

岩壁 インドネシアの成形屋さんで日本からの金型を随分見ましたが、日本の金型でも10のレベルと7~8のレベルがありますね。10のレベルは生き残れるでしょうが、あとは中国、東南アジアと同じレベルですね。

池上 でもそうなら、その人たちはどこに活路を見出すべきかという議論が出てきます。
みんなが10のレベルの金型を作ればいい。そうすると品質の差、金型の機能の差をもっと広げることは可能です。そこで一番問題なのは、差を広げてもお客様がそれをオーバースペックだと思った時点で、アウトです。
日本の金型は、早いサイクルと高い精度で成形できることがポイントですが、東南アジアでは、中間工程で人をいれて直します。最終製品の品質は金型の品質に依存しませんから。

岩壁 中国、東南アジアでは、バリは取ってきれいになればいいという型屋さんがまだ多いです。でも、その中の1~2%ですが、一発トライでOKを出すという思想を持った会社が出てきています。「あれっ、現場にバリ取りがいない」という世界が、すぐそこに来ているということを視野に入れておく必要があります。
ITは、いい会社とだめな会社の差を、より明確にする道具になるかもしれません。
高速加工に入ったときも、新人は抵抗なくF3000などで加工しますが、昔からのNCオペレータは「こんな、速い」と、現場でスピードを落としてしまう。

池上 そうなるのは、マネージメントサイドの問題だと思います。高速道路を走ったことがない人に、免許を持っているのだから高速道路を走れ、と言っているのと同じことです。やはり最初は助手席に乗せて走ってあげないと。実技をせずに、筆記だけで免許を持てるようになるのかという問題と同じだと思います。

岩壁 高速加工機の場合は、実際できるとわかりますが、CAD/CAMで最もメリットを出すには、仕組み・組織を変える勇気がないと難しいでしょう。

池上 熟練技術者がいない中国、東南アジアでは、始めから3次元CAD/CAMとNC制御でという環境で取り組みますが、日本では、どうしてもすべての機械をNC化できず、汎用機や職人さん、あるいは協力工場さんのための2次元の図面が必要になり、3次元化のメリットを半減させていると思います。
岩壁さんが冒頭で言った、これからのモノづくりのあり方、理想の金型メーカのあり方からすれば、3次元でのシステム化を推進するときには、CAD/CAMや工作機械、そして技術者を含め、すべて3次元対応モードにしてかからないといけない。中国、東南アジアを見れば一目瞭然です。
金型はアイディアのかたまりという話がありましたが、そこで日本の金型メーカに求められるのは、設計力だと思います。金型の構造や機能を、いかにして他社より優れたものを作るかということに全力を傾注したいのです。傾注した結果、どのようなシステムを使ってもその後のモノ作りの過程において、人の介在する部分は、少なければ少ないほどいいわけです。
基本的には、設計と仕上げのところにしか型メーカのノウハウが残らないのかもしれませんが、CAD/CAM、DNCにもツールとしての価値が出てきます。
F1レースで同じメーカで同じスペックの車が2台走っても、どちらかが勝ちます。その差を日本の金型メーカの生き残りの手法にして、相手が同じツールを使っても勝てるというストーリーを作りたいですね。

岩壁 短期的には、当然過去の蓄積があるでしょうが、今後10年、中国が蓄積する技術も相当な量になります。

池上 ドライバーの差もつきにくくなってくるということですね。

岩壁 それでも、本来生きるべきところが生き残る。正当な競争になるためにも、日本で開発した道具が常に半歩ぐらい進んでいてほしいし、その道具を使って半歩ずつでも先に進んでいく努力をするためにも、日本のソフトベンダーさんには頑張ってもらいたいですね。

池上 それは同じです。

技術の温存

川下 日本の金型産業が他国との差別化を保つためには、他国の金型産業にない技術を確立し、温存していかなければならないと思いますが、ボーダレスの今日では、技術移転が否応なくすすんでしまいます。このことは個々の企業努力で解決できる範囲を超えていると思います。これに対する例えば国策のようなものは考えられるのでしょうか。

岩壁 日本がこれからモノづくりで生きていくのであれば、やはり国策ですね。

池上 本当に私が国策に求めたいものは、金型のバイヤーと金型メーカとの取引条件についてです。
つまり、お金を補助するということではなく、ソフトウェアがそうだと思うのですが、金型取引に関しても、契約時3割、金型完成時4割、検収時3割というような、お金のやりとりに関する部分を国でサジェスチョンしていただけるとありがたいと思います。
国際協業化で今一番ネックになっていると思うのは、日本の手形制度を含むお金のやりとりのタイミングです。金型代が入ってくるのが半年先なのに、海外と取引するときにはキャッシュで支払いが先に発生してしまいます。少なくとも客先からある一定の割合とタイミングで金型メーカにお金が入ってくる仕組み、あるいは、客先が支払うまでの間のつなぎを目的とした融資か換金可能な証書のようなシステムを国策に入れていただけると非常にありがたいです。

デザインイン

渡邉 最近よく言われているデザインインは、ある意味メーカに対する金型メーカさんのサービスになりますね。金型メーカとしては作りやすさの追求ができますから、デザインインが進めば、日本の金型屋さんは、新しいコンセプトのモノ作りが進むと思います。

池上 ええ、デザインインには目的とメリットがあります。我々は決してサービスだとは思っていません。お手伝いした分はもちろんきちんと費用をいただきます。
日本の金型屋が生き残るために、できるだけ新しいアイデア、あるいはお客様が進もうとしている方向を見ることができるところにいることは、必ずメリットがあります。アイデアのかたまりでいたい金型メーカとしては、お客様が次にどういうアイデアを求めているかを知りたいですから。
但し、金型の発注先が自動的に自分のところになるというメリットは、あまり期待できません。というのは、客先で設計やデザインと調達が分業になっているケースが多いからです。

渡邉 今までの製品デザイナーのものの考え方、一体どういうものを作りたいから、こういうデザインなのかがわからない人がやはり多い。
本当にものを作るための道具を作っている人がそういうところに入って、根本的にものづくりを変えるという考え方が、日本の製造業にとって必要不可欠なものと考えると、金型以前のモノをつくる技術力です。

岩壁 金型業界にとってデザインインは、手伝った会社にはメリットがありますが、きれいな金型で使えるデータになってると、もう中国や韓国へ仕事が行ってしまいますから、デザインインに入れない金型屋さんにとっては厳しくなります。

池上 試作屋さんが、デザインインにどんどん入っています。そういうところが量産用の金型を含め一括で受注されたりもしてます。やはりその流れに金型メーカがどういう形でリンクしていくかということになるのですが、金型メーカが現実問題としてお付き合いしているところというのは、機構設計や量産時の問題解決が金型メーカに期待される大きなテーマであり、外観形状に対する金型の知識は客先の方でも豊富にお持ちです。ところが、試作をしておられる方たちは、自分達のやってきた仕事そのものを量産型まで進めることができないかという方向で取り組まれています。
そして最近は、戦略として金型メーカとの資本提携に入っておられるところもあるようです。いずれにしても本当の意味でのデザインインには、上流と下流それぞれが歩みよるようなことが必要であるような気がします。

CAD/CAMベンダーへ

川下 最後にCAD/CAMベンダーに期待されること、メッセージなどをいただけますか。

岩壁 日本のCAD/CAMベンダーは、コンサルティングを育てない。だから、C-マイスターに期待しているので、是非とも世界シェアを取ってほしいですね。

渡邉 金型業界をもっと助けてほしいですね。

池上 日本の国内に金型のユーザが減っている以上は、世界中からいろいろな形式のデータを受け止めねばなりません。そうしたときに、国内のベンダーアライアンスへの注文は、国内同士だけで組むということは、金型業界の現状を見ていないと思うのです。金型メーカ自体も、外を見れなくなるのではないでしょうか。

岩壁 それは誤解があって、そのアライアンスがどのCADからもいいデータの取り込みができれば問題ないのです。一番早く金型できますというソリューションを提供できればいいので、そこをフォーカスして頑張ってもらわなければならないですね。

渡邉 ベンダーさん同士の壁を取ってほしいですね。今回、金型工業会の属性の関係で各分野の方に集まってもらったときに、このメンバーでこういう話ができると思わなかった。という言葉を聞いて、これを立ち上げてすごくよかったなと思いますし、これからの製造業がどうしたら生き残れるかということを考えたときに、すごくいい起爆剤になるのではないかと思っています。

川下 これからC-マイスターのワーキングプロジェクトができてきますので、絡んでくると思います。
本日は、お忙しいお時間をどうもありがとうございました。今後も、ITという分野で金型業界に貢献できるよう頑張りたいと思います。