人とシステム

季刊誌
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No.25 | 社長インタビュー
e-Learningと職業能力開発

略歴

人物写真
株式会社エヌ・ティ・ティ エックス
イーキューブカンパニー
カンパニー長 仲林 清 様

NTT電気通信研究所で,コンピュータネットワークを活用した教育支援システムの研究開発に従事した後、1999年より株式会社エヌ・ティ・ティ エックス イーキューブカンパニーでイーラーニングサービスの提供、教材、システム開発などの業務に従事。また、先進学習基盤協議会(ALIC: Advanced Learning Infrastructue Consortium)で、学習基盤技術の普及促進活動を行っている。

ALICは、活力ある社会を構築し、同時に国際競争力の源泉となる高度専門技術を持った人材を育成するために、「いつでも」「どこでも」「だれでも」学習できる環境の研究・提言を目的としている。

学習システム相互運用性確立のための国際標準化への参加、協調学習などをはじめとする次世代学習技術の研究などを中心に活動している。

e-Learningとは

最近e-Learningという言葉がよく聞かれるようになってきました。インターネットやWWWなどを活用した教育研修を指します。ネットワークを活用することで遠隔地でも講義が受講できる、WWWの教材を利用していつでも自由に学習ができる、など、ITを利用して、いつでもどこでも効率良く低コストに教育研修を提供する、というのがe-Learningの考え方です。アメリカでは早くから着目されて、学校教育、企業内教育に導入され、企業内教育の50%以上をe-Learning化する企業も珍しくなくなっています。日本でも企業・大学のe-Learningに対する関心が非常に高まっています。

本稿では、e-Learning技術の概要の紹介、e-Learningの適用、なかでも職業能力開発分野への検討、今後の普及に向けての課題、などについて述べます。

e-Learningの形態とシステム

ひとくちにe-Learningと言っても様々な形態、適用領域が考えられます。表1にe-Learningの形態を時間と距離を軸に分類したものを示します。「同期・非遠隔」は従来型の教室や実習室を用いた集合型の教育形態で、ILT(Instructor-led Training)とも呼ばれます。また「非同期・非遠隔」の形態は、パソコン教室での自習と講師への質疑を組み合わせたような学習形態のイメージです。

表1 e-Learningの形態分類
時間/距離
同期
非同期
遠隔 衛星遠隔教育
VCR(Virtual Classroom)
WBT(Web-based Training)
非遠隔 集合教育
ILT(Instructor-led Training)
PC教室

いわゆるe-Learningは上段の「同期・遠隔」および「非同期・遠隔」の形態です。前者は、衛星通信を用いた衛星遠隔教育システムやインターネットを用いたVCR(Virtual Classroom)です。VCRは、チャット、電子掲示板、文書共有、テレビ会議など、電子会議システムの機能に、出席管理機能、問題出題集計機能などを統合したシステムです。

「非同期・遠隔」の形態はWBT(Web-based Training)に代表される自己学習システムです(図1)。WWWをインフラとして活用し、マルチメディア教材を用いていつでもどこでも自分のペースで学習を進めることができます。演習問題などで自分の理解状況を確認し、必要に応じてメールなどで質疑応答を行います。また、個々の学習者の進捗状況はサーバ側で確認できますので、先生が手助けをしたり、助言をしながら学習をスムーズに進めることができます。

図1 WBTシステム
WBTシステム

このようにe-Learningにはいくつかの実行形態があります。一方、教育を進めるためには、学習の実行だけでなく、何を目的に、どのような学習を行うのか、学習計画をどうするか、学習を実行した結果をどう評価して次回にフィードバックするのか、といった観点が重要になります。このような観点から、教育研修の目的と手段をまとめたのが表2です。e-Learningは当初、このような表の中の教育実行手段のひとつ、と捉えられてきました。しかし、ILTとWBTなどを効果的に組み合わせたブレンディング研修の実行管理、教育の企画や評価を含む教育実践サイクルへのITの適用、人材開発(HRD: Human Resource Development)分野とのシステム統合、などが、近年盛んになり、e-Learningという概念も、教育研修をより広く捉えたものになってきています。これらを包括的に支援するLMS(Learning Management System)というITシステムの導入も始まっています。

表2 教育研修の目的と手段
目的 知識付与、スキル付与、問題解決能力育成、問題発見能力育成
実践 企画、実行、評価
形態 講義、自己学習、グループ学習、実習
手段 教室、手紙、ラジオ/テレビ、メール、WWW、電子会議

職業能力開発への適用

■職業能力開発におけるe-Learningへの期待

職業能力開発におけるe-Learningの役割について考えてみます。図2は日本のe-Learning市場規模の予測です。この図で、いわゆる「職業能力開発」に相当するのは、「企業内教育」と「その他学校(専修学校・各種学校・語学・資格取得校など)」、および「高等教育(大学・短大・高専)」の一部と考えられます。この3分野でのe-Learningの市場規模は、初中等教育(高校以下の学校教育)や生涯教育(公開講座など)を大幅に上回っており、伸びも大きいという予想になっています。

図2 e-Learning市場の動向
市場グラフ
出典:先進学習基盤協議会議「e-Learning白書」
(上図をクリックすると拡大図が表示されます)

すなわち、e-Learningは職業能力開発の分野でより広く普及することが期待されています。この理由として、以下が考えられます。

1)学習目標が明確

e-Learningの場合、従来の集合教育のように先生が対面で学習者に対応する場合は少なく、WBTでの自己学習などの割合が増えます。このような学習形態では、学習者に身に付けて欲しい知識やスキルなどの学習目標を事前に明確に定義し、現場の先生の裁量に任せるのではなく、学習目標に到達するようにWBT教材を設計する必要があります。職業能力開発分野では、初中等教育などに比べて、学習目標の知識やスキルをより明確に定義することが可能であり、これがe-Learningが適していると考えられるひとつの理由と思われます。逆に職業能力開発分野といえども、学習目標が明確に定義できない場合は、e-Learningの適用はうまくいかない可能性があります。

2)コスト対効果への要求

職業能力開発では、教育効果とともに教育コストが重要視されます。e-Learningの特徴のひとつは教育コストの低下であり、これがe-Learningに対する期待のもうひとつの理由と考えられます。e-Learningによる教育コスト低下の要因は、いろいろ考えられますが、直接的には、遠隔教育による旅費や人件費の削減、講義室などの設備費の削減、WBT化による学習人数増加と講師コストの削減などが挙げられます。また、間接的には、IT化による学習コンテンツ再利用の促進、学習者の現有スキルに適した個別カリキュラムの生成、などによる効果が考えられます。

3)学習者のモチベーションの高さ

1)の学習目標の設定と関連しますが、e-Learningの場合、現場の先生の裁量に多くを期待できないので、学習者が最初から一定の学習意欲を有していることが前提になります。職業能力開発では、学習者は成人であり、学習を完遂する意志・意欲を有し、自律的に学習を進めていけることを前提として学習内容を設計することができますので、これが、e-Learningが適しているもうひとつの理由となります。逆に、職業能力開発の場合でも、学習者が途中で意欲を失ってしまうことが無いよう、カリキュラムや教材の設計、学習の進め方には十分に留意する必要があります。

■職業能力開発におけるe-Learningの課題

次に職業能力開発におけるe-Learningの課題について考えてみます。前節で職業能力開発にe-Learningが適していると述べましたが、実際にどのような分野で適用が進んでいるかというと、ITスキル(PC操作、ITシステム関係の資格、など)、ソフトスキル(セールス、コミュニケーション能力、組織管理)、ビジネス系資格(英会話、経理、など)など、WBTコンテンツ作成がやりやすい知識付与型の分野や、従来講義型で行われていたものを遠隔会議システムで行う場合が多いようです。

表3 職業能力体系データの職務数
表3
出典:雇用・能力開発機構より
(上図をクリックすると拡大図が表示されます)

しかし、教育研修が必要とされる職種はこのようなものだけに限定されません。表3に職業能力開発の対象として挙げられている職業分野を示します。このように数多くの分野で、種々の職種のために教育訓練が必要とされていますが、これらの分野へのe-Learningの適用はまだほとんど行われていません。ここではこのような領域へのe-Learningの適用について考えて見ます。

一般に、ある職務を全うするには、「知識」と「技能・技術」が必要になります。前者は、「ある作業を行うために何を知らなくてはならないか」、後者は「ある作業を行うために何ができなくてはならないか」を明確にしたもので、両者を併せて「能力」と呼びます。表3に示した職業分野も、その職務における基礎的な理論体系や背景となる「知識」に加えて、実際に職務を遂行するための「技能・技術」が必要となります。従って、これらの分野にe-Learningを適用するためには、「知識」と「技能・技術」の両方をe-Learningで学習できるようにする必要があります。

知識付与に関しては、e-Learningによる学習は上に述べたように方法もある程度確立し、実績も得られています。一方の「技能・技術」へのe-Learningの適用について考えてみます。

1)協調学習

「技能・技術」の習得には、先生から学習者への一方的な知識伝達だけではなく、先生と学習者、あるいは、学習者同士が協同、協調して学習課題を解決していく演習・実習型の学習形態が有効と考えられます。このような協調学習を支援するe-Learningシステムは、表1の分類では「同期・遠隔」に分類されるVCR型システムです。現状のVCRはチャット、掲示板、テレビ会議などの機能に留まっていますが、今後高度なアプリケーションプログラム共有などの仕組みが実現されれば、「技能・技術」学習への可能性が広まるものと考えられます。当然、遠隔学習により、その分野で実績のある先生が、従来では不可能だった遠隔地の多くの学習者に対して質の高い指導を行うことが可能になる、という利点は見逃せません。

2)シミュレーション

「技能・技術」の習得でもう一つ重要な要素は、実際の体験を積み重ねることです。e-Learningの環境で実際の体験をいかに再現するかは、学習の対象によって大きな差異があり一概に判断することはできません。例えば、建築工事などの実作業を体験できるようなシミュレーション環境を構築することは非常に困難でコストもかかります。しかし、IT化がある程度進展している分野では、シミュレーション環境が比較的容易に構築できたり、あるいは実際のシステムをe-Learning環境から利用できる可能性があります。例えば、ネットワーク管理などの分野では、実際のネットワーク機器を遠隔操作して実習することが行われています。この他にも、CAD、CAM、計測、メンテナンス、などコンピュータ化が進展している分野では、実システムに1)の協調学習システムを組み合わせて、効果的なe-Learning環境を構築できる可能性があります。

3)ブレンディング学習

ブレンディング学習はここ数年盛んになってきた考え方で、e-Learningと従来型の実習などの教育研修を組み合わせて、両者の長所を活かした学習を可能にしようとするものです。ブレンディング学習は、従来座学で行われていた部分をe-Learning化することによるコスト削減の効果だけでなく、個々の学習者がe-Learningによって自分のペースで学習して、十分に知識を身に付けてから実習を行うため、実習自体の効率・効果も高まることが期待されます。

e-Learningの普及に向けて

はじめに述べたようにe-Learningは教育研修の一手段から、ITを活用して教育研修全体の枠組みを効率化、高度化するための概念へと進化しています。図3に、e-Learningによる学習サイクルのイメージを示します。

図3 e-Learningによる学習サイクルのイメージ
学習サイクル

能力体系、個人の能力プロファイル、カリキュラム・教材コンテンツをデータベース化し、必要な能力を最適な学習方法で身に付けることを繰り返して、体系的、段階的な個人の能力向上を図るものです。このような学習サイクルを確立するためには、能力体系の開発、それに対応したカリキュラムの開発、高品質・低コストコンテンツの流通、など多くの課題があります。筆者の属する先進学習基盤協議会(ALIC)ではこのような課題の技術面からの解決に向けて、e-Learning標準化技術の普及など様々な活動を行っています。