人とシステム

季刊誌
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No.30 | 社長インタビュー
情報化社会におけるe-Learning

略歴

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電気通信大学大学院
情報システム学研究科
知識処理システム学講座
教授 岡本 敏雄 様

1947年京都市生まれ。
工学博士(東京工業大学)。東京学芸大学大学院修士課程修了。
金沢工業大学、東京学芸大学講師、助教授、教授を経て、現在、電気通信大学大学院情報システム学研究科 知識処理システム学講座 教授。

【専門分野】

教育工学、人工知能と知識処理、情報教育カリキュラムおよび実践学、インターネット環境での知的分散協調学習支援システム。

【主な学会・社会活動】

先進e-Learning研究ステーション所長、教育システム情報学会会長、ISO-SC36/WG2(協調学習基盤技術)議長、内閣官房内政審議室ミレニアムプロジェクト「教育の情報化における評価・助言会議」委員、e-Learning World 2001、2002、2003実行委員長。

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HZS 取締役社長
福武 映憲

福武 我々は製造業向けのソリューションをご提供していますが、製造業にとっても、企業戦略の一つとして人材育成が重要なテーマだと思います。

岡本先生は、"e-Learning"をキーコンセプトに、マルチメディア、テレコミュニケーション、高速ネットワークを取り入れた知的なグループ作業・学習支援システムなど、様々なAI指向の高度情報システムの研究・開発に着手されています。人を育てるという中で、従来の社員教育と比べ、e-Learningを利用した人材のスキルアップについてお話をお伺いしたいと思います。

スタティックな知識をアライブな知識に

岡本 最初にe-Learningの意義についてお話します。

ピーター・ドラッガーが「ネクスト・ソサエティ」という本の中で、情報化社会について次のように言っています。情報化社会の中で、人々は従来のようにある特定の組織に一生ご奉公しそこで人生を終える、つまり、職場的な組織に忠誠を誓うという時代から、職能集団・専門家集団の中で、自分の多くの人生を費やし、生きがいや価値をそこに見い出すであろう。そのコアになるのが知識である。知識というのは、学校教育で教えているような基礎学力としての陳腐化しない知識もあるが、企業の中で扱っている知識は、知識の寿命が非常に短い。だから、自分のアイデンティティを常に確認し、プライドを持っていこうという人たちは、職能的なプライドを保つために、新しい知識を吸収し続けなければいけない。彼はまた、e-Learningの社会的必然性、意義を唱えています。

私は、年功序列、終身雇用制、先輩・後輩・同僚という関係が日本的な形で発展してきたのはいいことだと思っています。しかし、好む好まざるにかかわらず、ドラッガーが言うような方向に世界的に動いていることは間違いありません。

学校は、安定した原理的な知識は提供しますが、新しい知識は提供しません。各種専門学校も、How toは教えますが、それは決して新しいことではない。

企業の方々が求める知識を提供する国家として組織だった教育機関はないのです。昨今、コーポレート・ユニバーシティや、大学に社会人を受け入れていこうという産学連携の動きは、文部科学政策でかなり力を入れています。我々、電気通信大学もそういうことをしていますが、そこで教えていることは、必ずしも企業の人が求めている先端の知識ではないわけです。やはり、原理的なものにならざるを得ないわけです。もちろん、企業のかたがたから、講師として大学院の授業にお話をしてくださいということで、新しい知識を提供してくださるかもしれませんが、その知識がどこまで新しいか、本当に大事な知識であれば、企業の人は出さないという問題もあります。

このような観点からe-Learningを見ると、e-Learningは新しい知識を常に更新しながら提供できる手段です。e-Learningで提供されたコンテンツがつまらなければ、誰もアクセスしないでしょう。

今日の新聞と、昨日の新聞があったときに、昨日の新聞を読む人はいないわけです。今日かまたは、翌日どのようなことがあるかということを読みたがるわけです。

まず、e-Learningを見るというスタンスは、そういうところが非常に大事だと思います。

すべてが新しい知識を求めているかというと、そうではありません。枯れた知識、古い知識、基礎的な事柄に対して体系的に学ぶということも当然あります。

企業の場合ですと、新入社員、職場で配置転換になった方々は、その仕事に必要なノウハウ、マニュアル的な知識が求められます。OJTでやるのもいいでしょうし、ショートセミナーでやるのもいいでしょうが、やはり、自由度の高いものとなると、このような内容に対してもe-Learningは効果があると思います。

知識には、生きた知識と死んだ知識、アライブな知識・アクティブな知識とスタティックな知識があります。新入社員教育などは、スタティックな知識です。

これに対して、アクティブな知識・アライブな知識をどのようにして獲得していけばいいのかという問題があります。我々は、協調学習が、スタティックな知識をアクティブな知識・アライブな知識に変換する場であると考え、「人間の創造的、知的活動のメカニズムを認知科学、人工知能の視点から研究し、各種の作業・学習支援システムの構築技術の研究・開発」に取組んでいます。

人と人との真剣勝負、ある課題を遂行していくときには、今まで持っていたスタティックな知識をアライブな知識に変換して、問題を解いていかなければいけない。それは、伝統的なやり方ではなかなか伝えられないわけです。そこに協調学習という形態が非常に大きな意味を持ちます。協調学習のメカニズムが、解明されているわけではありませんから、ケースバイケース、試行錯誤的にやっていかなければならないだろうと思います。大事な学習形態であることには間違いないです。

キーはハイクオリティのコンテンツ

岡本 e-Learningを成功させるためのキーになる事柄は、クオリティの高いコンテンツです。日本のコンテンツはまだスタティックなコンテンツで、教科書の内容をセグメント化して、ステップ・バイ・ステップで提供していくものです。もちろん、必要なところにテスト問題などあるかもしれませんが、基本的にはインタラクティビティの低いものです。求められるものは、ハイクオリティのコンテンツです。これは、動きのあるもの、3D、CGなどを利用したもので、一番わかりやすいのはバーチャルリアリティのような機能を持ったコンテンツです。さらにシミュレーションや、HZSでやっておられるCADのようなもの、ある業務を支援するツール、CADも設計行為を支援するツールですから、これもe-Learningから見ればコンテンツという見方をしてもいいかもしれません。このようなものが、まだまだ少ない。今の段階では、スタティックな知識をスタティックな学習方法で提供しているに過ぎないのです。これが第一世代のe-Learningです。

第二世代のe-Learningでは、もっとインタラクティビティの高い、ハイクオリティのコンテンツを作っていく必要があると思います。そこに協調学習のような形態を取り入れながら、スタティックな知識をアライブな知識にしていく。

第三世代のe-Learningでは、教育活動をしていく過程で、いい学習効果、いい教材作りということに関して意味のある知識を見つけ出して、それを管理し再利用するエンジンが必要です。すべての学習者の活動履歴・ログ、教材を作る人の教材を作るプロセスにおいて苦労した知識、カリキュラム全体をマネージングするアドミニストレータの管理技術、それに対する知識です。これらがトータルに捕らえられて、ナレッジマネージメントとなる。

今は、第一世代のe-Learningから第二世代のe-Learningに移行している段階だろうと思います。

現実的な話になると、職場で配置転換されたときに必要知識、企業が新製品のPRをするための情報、製品紹介などをe-Learning用に編集できます。単にホームページで公開するだけでなく、仕掛けを作ると、学習コンテンツとして扱える素性を持っています。

企業内でクローズした形のe-Learningから、企業内で有効であるということの確証が得られれば、今度は外にどうデリバリーしていくかということで商品価値が生まれます。多くの企業は社内で苦労をして教材を作っていますが、社内用として作成したものが実はいいコンテンツで、一般向けに販売するということも随分あります。それぞれの製造業なり企業の方々が経験を通して外に発信していくことが非常に大事であると思います。

知価革命

岡本 堺屋太一さんが、「知価革命」と言っています。ピーター・ドラッガーの考え方や歴史を踏まえて、堺屋太一さんの話をマッピングしてみると、日本は戦後の世界的な動乱の中で、官僚主導の、大きなもの、量の多いもの、早いもの、正確なものを追及してきました。こういう価値観を持ってモノ作りをしてきました。そのモノ作りの中で何を一番大事にしたかというと、大量生産と規格統一です。日本の製品は、正確で狂いがなく、リライアビリティ(信頼度)が高くて、エンデュラブル(耐久性)があって、最高の品質だったわけです。ところが、バブル崩壊後、何が変わったのか。堺屋太一さんは知価革命が起こっているのだという言い方をしています。

ネクタイひとつにしても、駅では1,000円ぐらいで売っていますが、ブランドのものは20,000円ぐらいします。生地の質や耐久性はあまりかわらない。どこが違うのか。それは彼の言い方をすると、ブランドという知価がついて商品価値を持たしているのだということです。

商品に意味・知価を持たせないと結局企業競争に負けるよというのが、彼の論です。

従来の教育の手段・メディアと、e-Learningが提供する手段・メディア、つまりコンテンツを比較したときに、知価をどうつけていくか、それを考えアピールしなければ、大きなマーケットに育ちません。従来の教育手段の延長上、代替的な手段では、知価はつけられないと思います。

製造業の方々が、社内教育用、自己啓発用、マニュアル的な内容のもの、職場に関連したノウハウ的な内容のもの、商品に関する知識、いわゆるベーシックなものから、第二世代のe-Learning、スタティックな知識からアライブな知識に変換していけるような場、そこに知価を付加していただきたいですね。

福武 企業の場合は、目的を成し遂げるために必要な知識を得、活用することを、どれだけ早く身につけられるかが一番のポイントだと思います。そのことをOJTで教えている会社もあるでしょう。これからは、IT、マルチメディアなどを活用して、シミュレーションなどを使った体系的に知識を吸収できる仕組みの第二世代のe-Learningを目指さなければいけませんね。

岡本 OJTは古今東西を問わず、必ずやっています。特に、ドイツでは職工さんをトレーニングする親方は、絶対的な権限を持っていて、徒弟制度的な形で教えていますね。OJTは、仕事に役に立つレベルの生徒さん(部下)であればいいのですが、いつもいつもそれで手を煩わせていると長続きしない。OJTでは、ある局所的な部分はできるかもしれませんが、体系的に学ぶということが難しいので、ブレンディグ的なやり方は必要だと思います。

第二世代のe-Learningに入りつつあるといいましたが、昨年、ノルウェーのある大学に行ったときに、何十万トンのタンカーの操縦室に匹敵する大きな部屋に案内され、アメリカのマンハッタン島に入ってポートにつけるトレーニングをする本格的なシミュレーション・システムを見てきました。非常にシビアーでクリティカルな状況をうまく選定して、スケールの大きいシミュレータを使っていました。

これも大きな意味ではe-Learningの非常にアドバンスなコンテンツだと思います。

アメリカにおけるe-Learning

福武 企業が活用するという観点でe-Learningを見たときに、日本とアメリカでは随分差があるのでしょうか。

岡本 アメリカと比べて何のファクターが違うかというと、まず、技術的な環境としてのネットワークの太さ、それが社会の隅々までどれくらい浸透しているかという普及率です。二つ目は、アメリカは資格社会ですから、組織に対する忠誠心よりも、自分のスキルアップ、いいところがあればすぐに移る、エリートであればあるほどそのような考え方をしていますから、このような国民性、社会的制度を持ったところでは、e-Learningは非常に活きます。

いろいろな大学でe-Learningに関するカリキュラム、コースを作り、単位を与えています。アメリカの大学は企業とリンクしていますから、その中で企業もある種の採算を考え、資格社会の元で自由度の高い社会的資格を与えていくというところでは、e-Learningは非常に相性がいいのです。そういう違いがあります。

ウィンスコンシン大学では、農家の人たちの農業経営、収穫などに対する勉学意欲が高いので、企業と一緒になってバイオテクノロジーに関するe-Learningのコースを開発して提供しています。そうすると、大学に来なくても、自宅で学習ができます。

フェニックス大学などは、実態は企業が作っていて、バーチャルユニバーシティです。

コロラド州のデンバーには、サテライトユニバーシティがあって、有名な大学の先生の社会人向けの講義を通信衛星を利用して配信します。そのようなところからアメリカでは遠隔教育が始まっていきました。それが今はインターネット、e-Learningに変わってきました。

福武 日本では放送大学や通信大学はあっても、e-Learningを活用して単位を出す学校はないですね。

岡本 今までは法的な足かせがあり、以前は、フェイスツーフェイスで顔をつき合わせた講義をするという条件を満たさなければ単位を与えることはできませんでした。また、2年ぐらい前までは、テレビ会議のようなリアルタイムの遠隔授業であればで何単位までは認めるというものでした。今は、リアルタイムではなく非同期形のものでも単位を出せることになりましたが、e-Learningで学位を出しているところは、まだありません。

韓国におけるe-Learning

福武 韓国はどうでしょうか。

岡本 今ISOのSC36という委員会で韓国の人たちと一緒になっていますが、確かにネットワークのパイプは太いものを国を挙げて引きました。コンテンツはまだまだ整っていないという話です。韓国はイギリスのオープンユニバーシティに類似するマルチメディアコミュニティのような大学を政府が作りました。ここでいろんな分野においてかなり大きな規模でe-Learningに取り組み、コンテンツ作りに力を入れるそうです。

福武 インターネットを利用した専門学校的な講義のメニューが大変多いという話を聞いたことがあります。

岡本 韓国も日本と同じように学歴社会です。大学の序列が非常にはっきりしていますから、メジャーな大学は手を出していません。専門学校のレベルでショートプログラムがいろいろたくさんありますが、今のコンテンツのクオリティはたいしたものではありません。

我々が考えるような、ハイクオリティのe-Leariningのコンテンツを本格的に作りたいということで、韓国は上述のオープンユニバーシティを作ったのです。

福武 日本も、企業内ではイントラネット、家庭でもADSLが急速に普及してきましたので、ハイクオリティのコンテンツさえ用意できれば、第2世代のe-Leariningに移っていける可能性がありますね。

岡本 それを期待しますね。

コンテンツのクオリティと評価機構です。どこまで本当にわかったのか、力がついたのか、スタティックな知識からアクティブな知識に変換する課題設定を踏まえた評価です。

問題はそのあとの資格ですね。TOEICやTOEFLのように社会が認知する機構を作らなければだめでしょう。

「情報」教育

岡本 文部科学省が、この4月から、高等学校普通科に新しい教科「情報」を作り、各学校にコンピュータやネットワークを入れて教員研修を盛んに行っています。

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科学・技術教育協会という財団から依頼され、教師のコンピュータリテラシーを自己評価し自己確認するための認定試験、教師向けIT活用能力認定試験を作りました。各都道府県の教育委員会が講習会を開催すると、大勢の先生が受講しに来ます。

試験だけではなく勉強するプロセスを企業と一緒になってe-Learningで提供したらどうかと検討をしています。

福武 情報という分野であれば研修を受ける道具としてはe-Learningが一番ですね。

情報の授業はどのような資格を持っている先生が教えられるのですか。

岡本 日本で今、高等学校は約5000校あります。ひとつの学校に情報の担当教員を2人配置すると、1万人の先生が必要になります。それで9000名を現職の先生から募り、残り約1000名を新規採用という見積りがあるようです。

新卒で情報の教師となるための専門科目と教職科目を決め、専門科目は、情報システム・情報科学・ネットワーク・情報セキュリティやモラルの問題・情報倫理など6分野において単位を取得します。

現職の先生については、数学・理科・工業・商業等の教師に絞り、4年前から3年計画で毎年3000人の研修を行いました。

福武 世の中の流れから見ると、情報は、高校の先生として新しい知識をどんどん得ていきたいという欲求が満たされる分野ですね。

岡本 この種の話はかなり政策的に考えなければいけません。理振法(理科教育振興法)、産工振(産業関係つまり工業関係・商業関係の教育の振興)によって先生に手当てがつきます。だから情振法も作れば、もっとやる気が起こると思います。そういう話をしましたので意気に感じてやってくれるのではないかと期待しています。

もうひとつは大学受験ですね。有名大学がセンター試験に情報という教科を規定し、それを受けた者を数学や物理と同程度の配分で評価を行う。これをやれば一気に広まるでしょう。いろいろな問題はありますが。

全体とすればうまく動いていると思います。

福武 予備校でe-Learningを活用すれば自宅で受験勉強ができますね。

岡本 センター試験は多種選択型の問題ですから、e-Learningが得意とするものです。だから需要はあると思います。丁寧な解説をつけて、センター試験問題に対応するような徹底したトレーニングができます。

しかし、私たちはそういうe-Learningを求めているわけではないですね。

福武 目指すのは、人が企業で役に立つような人材に育つことをを支援するe-Learningシステムですね。

シミュレーションの活用

岡本 医学部教育の中にもe-Learningをが取り入れられおり、臓器のいろいろな部位の状態を非常に解像度のいい写真で説明するわけです。医学系のe-Learningコンテンツはハイクオリティでかなり進んでいます。動画でリアルな手術の状態を見せ、そこに音声やテキストでいろいろなコメントをつけて、基礎的な知識を得ることができます。また、見れない部位を見ることもできます。そのあと教授や助手・学生が議論をして、なぜこういうことをしたかということをコラボレーションします。

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HZS
ラーニングソリューション部
部長 永當 伸二

永當 今、先生が例に出された医学部教育と同じ観点で「モノ作り」の技術教育を考えることができると思います。我々はCAD/CAMシステムの開発・販売を通して、製造業に関わってきました。「モノ作り」の技術という視点からe-Learningの開発を行ったのが、HZSの「Broad-NE」です。

先ほどから先生が言われているスタティックな知識とアライブな知識に関してですが、「モノ作り」は複合的な技術知識から成り立っていると考えていますので、HZSの「Broad-NE」では技術教育に焦点を当て、複数のスタティックな知識を並行して表示し、関連性を学び取ることでアライブな知識とする仕組みを実現しています。

また、モノ作りの過程、つまり設計して加工して組立てる現場の様子をマルチメディアなどを使って見せることも、手術をマルチメディアを利用して見せる効果と同様に、暗黙値としての技術を学ぶということでは重要ですね。このようなマルチメディアの活用、さらにはマルチメディアで見せる内容のどこを強調するかという工夫もe-Learningにおけるコンテンツの価値だと考えています。

また、第三世代のe-Learningのお話の中で、ナレッジという言葉が出ましたが、体という肉体を扱うすぐれた医師も、素材から物を作る職工的な技師も、学んだ過程や実践の過程つまりプロセスにナレッジがあるのではないでしょうか。そのプロセスで作られたノートやメモを電子情報としてメタデータ化できれば、ナレッジの解析ができるのではないでしょうか。

岡本 肉体を扱っているか、物を扱っているかは違いますが、考え方としては同じですね。

福武 役に立つと思うのがシミュレーションですね。医学の場合でも、実際には見ることのできないものを見て体験できるということが役に立ちます。

次に、コンピュータの中で手術の練習ができるようになると、本当にe-Learningの価値が増しますね。

製造業の場合ですと、自動車メーカーさんは日本全国に指定工場を持っています。新車が出ると定期的に指定工場の人たちを呼んで、車の整備についての講習会を行っておられます。そのコンテンツをデジタル化して、我々のe-Learningの仕組みを利用して、遠隔地で講習が受けられるような形で使われ始めています。3次元の形状が表示でき、拡大・縮小が自由に行え、必要な部品にはリンクをはっていろいろな情報を提供することができます。何か症状が起きると、その原因を分析してデータベースに入れておくことができます。そういうことをあわせて、いろいろご提案をしています。

日本の製造業

岡本 長谷川慶太郎さんが言っていたのですが、ねじのオスとメスを切る。日本の町工場の職人さんは実に見事な精度で作り上げます。今は手作業ではやってないでしょうが、あの感覚が非常に大事なんだと言っています。ベアリングの真球も以前は人が手で作っていましたね。真球が作れるのは日本しかない。戦後日本で高度成長が始まったのは、このような技術があったからです。しかし日本は30年~40年かかっています。イギリスは産業革命から社会に位置付くまでに70年くらいかかったそうです。ところが最近中国や東南アジアは10年ぐらいで脱出している。「それはなぜかというとそのような技術を必要としないからです。全部コンピュータがやってくれるので、彼らは10年で追いついてきた。」と書いてありました。

福武 今先生がおっしゃった中に日本の製造業が生き残っていくためのポイントがあると思います。

コンピュータが安くなり誰でも使える道具となりました。工作機械も日本製のものが中国に入っています。ある程度のレベルのデータはいくらでも入手できます。つまり、あるレベルの製品を、キャッチアップをして量産するという技術が非常に短期間で習得できる状況になっていると思います。だからあるレベルの商品であれば日本は中国に勝ち目がない。しかしそこからもう一つ上のレベルになると、協調しながら本当にいい物を作ろうとする集団が作るか、昔から積み上げてきたノウハウを活かして作るか、日本でないと作れないという部分が生き残っていけるのでしょう。

HZSへのメッセージ

岡本 情報通信技術のインフラは進んできましたが、それに乗せる価値あるコンテンツの開発が遅れています。

HZSと近い関係にいますから、今後は、e-Learningの分野でジョイントして、価値作りができるようなプロジェクトを起こして、事業を振興していけるといいですね。

福武 情報化社会では、知識労働者が企業の資本となり、人材の育成がますます重要になってくるでしょう。私どものe-Learningシステム「Broad-NE」も、岡本先生にご指導いただきながら、第二世代、第三世代を目指して、ブラッシュアップしていきたいと思います。本日は、お忙しいところをどうもありがとうございました。

岡本教授 知識処理システム学講座のご紹介

【人工知能(AI)、認知科学】

帰納学習、定性推論、知識獲得、知識発見など人工知能の理論研究やその技術を用いたシステム開発に関する研究です。例えば、知的な教育機能をコンピュータに実装する研究(ITS : Intelligent Tutoring System)やGUI技術等を用いて質の高い相互学習環境を構築する研究(ILE : Interactive Learning Environment)を行なっています。これらは、人間の高度な推論能力のモデル化、学習のメカニズムの研究です。また、分散協調学習環境における協調メモリーおよび知識マネジメントに関する研究を重点的に行っています。最近は、知識マネジメントのための文書(テキスト)処理手法にも力を入れています。

次世代e-learning統合システムモデル
(上図をクリックすると拡大図が表示されます)

【マルチメディア、インターネット、遠隔学習支援システム】

インターネット、WWW、マルチメディアと人工知能技術を融合した高度な学習支援システムに関する研究です。例えば、ハイパー空間における知的ナビゲーション、ネットワーク上に分散した学習者/作業者のグループ学習/作業を支援するシステム(CSCL/W : Computer Supported Collaborative Learning/Work)の研究開発を行なっています。また、エージェントによる協調作業/学習支援に関する研究を行なっています。さらに、マルチエージェントシステムやVOD(Video on Demand)を知的に制御する知的VODシステムに関する開発も行なっています。

【数理情報処理、音声認識応用】

遺伝的アルゴリズム、ニューラルネットワーク、数理統計、確率的学習理論などの数理論的なアプローチによる新しい知識情報処理に関する研究です。特に、記号処理的手法と計算論的手法との融合により、より高度な知識情報処理の実現を目指します。特に、多種多様な学習履歴データの統合方式、多次元時系列データの表現と知識発見に関して帰納学習的なアプローチで研究を行っています。また、最近は知識処理手法と音声認識手法を融合させた高度な音声認識にもチャレンジしています。