人とシステム

季刊誌
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No.48 | 社長インタビュー
万物創成の謎を解き明かす
―世界水準をはるかにしのぐRIビームファクトリー―
人物の写真 独立行政法人 理化学研究所
仁科加速器研究センター
センター長 矢野 安重 様
人物の写真
NDES 代表取締役社長
竹内 敬二

竹内 仁科加速器研究センター長 矢野様は、東京大学から原子核研究で学位をとられ、ずっと理化学研究所サイクロトロン研究室で原子核を研究されています。今回は、理化学研究所の仁科加速器研究センターの世界水準をはるかにしのぐRIビームファクトリーの、最先端の科学技術についてお話をお伺いします。

理化学研究所の概要

矢野 独立行政法人理化学研究所(以下、理研)は独立行政法人理化学研究所法により科学技術(人文科学のみに係るものを除く)に関する試験及び研究等の業務を総合的に行うことにより、科学技術の水準の向上を図ることを目的とし、日本で唯一の自然科学の総合研究所として、物理学、工学、化学、生物学、医科学などにおよぶ広い分野で研究を進めています。

1917年(大正6年)に財団法人理化学研究所として創設され、常に日本を代表する自然科学の総合研究所としてあり続けてきました。戦後、株式会社「科学研究所」、特殊法人時代を経て、2003年(平成15年)10月に文部科学省所管の独立行政法人理化学研究所として再発足しました。

現在は、研究成果を社会に普及させるため、大学や企業との連携による共同研究、受託研究等を実施しているほか、知的財産権等の産業界への技術移転を積極的にすすめています。

加速器研究の歩み

【万物は原子核からできている】

矢野 例えば、水の場合、水は分子のかたまりでできています。その分子は、水素原子と酸素原子という粒子が集まったものでできています。さらに原子は原子核とその周りを取り巻く電子から成り立っています。さらに原子核は陽子と中性子から構成されています。

説明図

原子と原子核の世界の研究は、1895年にレントゲンがエックス線を発見したことに刺激されて、1896年にベクレルが偶然ウラン鉱が発する透過力の強い放射線を発見したことに始まります。この二大発見によって人類の超ミクロ世界へのあくなき探究の幕があきました。

この二大発見はエックス線と放射能の応用への道も切りひらきました。レントゲン写真とラジオアイソトープ(放射性同位元素、Radioactive Isotope、以下 RI)です。興味深いことにどちらも最初に医学に応用されています。

万物は、水素からウランまで約90種類の元素の組み合わせでできています。この元素の「もと」になっているのが「原子核」で、陽子と中性子という「粒子」でできています。その大きさは、1兆分の1cmより小さいものです。

原子核を調べるには「壊して調べる」という方法で研究をしています。原子核を超高速で加速させて原子核同士を衝突させ、壊れた断片の様子を調べることによって、元々どんな構造をしていたのかが分かるのです。

原子核を壊すためには、ものすごいスピードで原子核を加速させなければなりません。具体的には「光速のおよそ70%(1秒間に地球を5周)」まで加速させます。

この超ミクロの「原子核」をみるために原子核を加速させる道具として加速器が使われます。

【理研における加速器の歴史】

人物の写真
仁科 芳雄 博士と
サイクロトロン
人物の写真
湯川 秀樹 博士
人物の写真
朝永 振一郎 博士

矢野 日本では、理研の仁科芳雄がローレンスの助言を受けて、1937年に国内初(世界で2番目)のサイクロトロンを建造し、わが国における原子核物理、核化学、放射線生物の開拓的研究をスタートさせました。仁科研究室には、ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎、湯川秀樹が研究員として在籍していました。

ウランやトリウムの核分裂に成功するとともに、放射線が動物に与える影響などが調べられました。1940年には、このサイクロトロンによって製造したナトリウム24、燐32というRIがはじめて生物の代謝研究に用いられ、1990年にはこれを記念した「RI利用50周年記念切手」が発行されています。

1943年に第2号サイクロトロンを建造しましたが、敗戦直後の1945年(昭和20年)10月25日、連合国軍総司令部(GHQ)は、軍事研究につながらない生物学、医学へのサイクロトロンの使用許可を一旦は与えましたが、11月20日、サイクロトロンは突然GHQの査察を受け、その3日後にはGHQから破壊命令が出され、サイクロトロンは東京湾に沈められました。

1951年にローレンスが理研を訪れ、サイクロトロンの再建を促すとともに、GHQに建設の許可を取り付け、第1号サイクロトロンの予備として残されていた電磁石を使い、通産省からの資金援助を受けて1952年12月、第3号サイクロトロンは完成しました。

第4号サイクロトロンは磁極の大きさから160cmサイクロトロンと呼ばれています。160cmサイクロトロンは1962年に建設を始め、1966年10月に陽子加速に成功し、供用を開始しました。

第5号目のリングサイクロトロンは、線型加速器・リニアック、入射用の小型サイクロトロン、そしてリングサイクロトロンの3つを組み合わせた強力な加速器です。

第5号目のリングサイクロトロンは、第6号目のAVFサイクロトロンか重イオンリニアックであらかじめ加速した重イオン(原子核)をさらに加速する装置で、目下、連続重イオンビーム加速の性能で世界トップを誇っています。このように、理研は6台のサイクロトロンを建造してきました。サイクロトロン建造技術はまさに理化学研究所のお家芸となっています。

挿絵

左上:我が国初となる第1号サイクロトロン。

左中:第2号サイクロトロン。GHQにより第1号サイクロトロンとともに東京湾に沈められた。

左下:第3号サイクロトロン。

右上:第4号サイクロトロンは現在和光キャンパスに置かれている。

右下:第5号サイクロトロンとなるRRC完成時の集合写真。

【仁科加速器研究センターの設立】

矢野 理研でも1990年よりRIビームによる原子核研究が本格化し、その研究成果は世界を圧倒的にリードしています。「RIビームファクトリー」の建設が進み、2006年4月1日、埼玉県和光市のキャンパスに仁科加速器研究センターが設立しました。理研では先達の名を冠した初めての研究センターです。

2006年10月3日に、天皇皇后両陛下が理研を訪れてRIビームファクトリーの施設をご覧になりました。

仁科加速器研究センターの第一義の使命は、原子核とそれを構成する素粒子の実体を究め、物質創成の謎を解明することにありますが、さらには、それら素粒子、原子核を農業、医療など産業に応用する技術の開発も重要な使命になっています。まさに、かつての仁科研究室から70年有余にわたって綿々と続く加速器科学の伝統の上に誕生したといえると思います。

RIビームファクトリー

【「多段式」の加速器】

矢野 いくつものサイクロトロンを使い段階的に加速するRIビームファクトリーのような多段式のサイクロトロンは、これまで技術的に難しく一般的に不可能とされてきました。しかし、RIビームファクトリーでは理研で長年蓄積してきた確かな技術と独創的な発想により、多段式リングサイクロトロンを世界で初めて実現することに成功しました。

RIビームファクトリー
画面例

【史上初の超伝導リングサイクロトロン(SRC)】

画面例
超伝導リングサイクロトロン

矢野 世界最強のビーム強度を誇るRIビームファクトリーの主役は、超伝導リングサイクロトロン(SRC)です。SRCは全体が純鉄のシールドで覆われた、東京タワーのおよそ2倍の重さ8,300トンにもおよぶ「鉄の塊」でできています。全体を鉄で覆うという発想により、外部への漏洩磁場を大幅に削減することができ、外部への放射線も遮断できます。

また、超伝導という方式により従来の常伝導に比べて電気抵抗がゼロであるため、約100分の1の電力で動かせるようになり、大幅な省エネも実現しています。

SRCで光速の70%にまで加速された原子核は、超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)という魔法のトンネルをくぐり抜けると約4,000種類の原子核に生まれ変わることができます。

説明図
魔法のトンネル BigRIPS

研究成果

竹内 世界最強のRIビームファクトリーの研究成果が、我々の未来にどのようにことをもたらすのか、お話いただけますでしょうか。

【新元素(113番)の発見】

矢野 これまで発見されている元素より、さらに重い113番元素の発見に成功しました。

目的とする原子核の生成確立が極端に小さいので、生成に最適なエネルギーを的確に予測し制度良く照射することはとても困難です。

原子番号113番元素を合成するために、原子番号83、質量数209のビスマス(209Bi)の標的に、原子番号30、質量数70の亜鉛(70Zn)のビームを衝突させました。亜鉛ビームは、線形加速器RILAC(ライラック)で亜鉛の原子核を光速の10%にまで加速させたもので、1秒間に2兆5000億個の亜鉛の原子核が標的を照射します。総照射時間が1920時間、80日間にも達する非常に厳しい実験でした。

亜鉛の原子核とビスマスターゲットの衝突回数は1700京(1.7×1019)回にも上ります。その結果、原子番号113、質量数278の元素が1個合成され、その発見に成功したのです。

説明図
113番目の元素の発見

【生物学への応用】

■日本発の重イオンビーム育種法の発明

矢野 重イオンビームによる育種法では、他の方法に比べて短期間で品種改良がおこなえます。

これは自然界でもときどき起きているごく普通の突然変異を極めて効率的に誘発する技術です。1996年より民間企業や農業試験場などと共同でパイロット研究を実施し、1998年に照射した植物材料から2001年秋に新色ダリア品種が試験販売され、2002年春には不稔化バーベナ品種が世界初の重イオンビーム育種の成果として本格的に市販されています。

通常10年と言われる育種年限を2~3年に短縮し、商品開発に大きなメリットをもたらすことができました。

挿絵
葉緑素がなくなり、真っ白になった
タバコのアルビノ株
挿絵
サントリーフラワーズ㈱との共同開発
による新カラーのサフィニアを販売する
和光市内の花屋さん

【環境への応用】

挿絵
塩害水田で育てた稲

■食料問題解決への貢献

矢野 現在、塩害水田でも育てられる耐塩性の稲や、台風でも倒れない矮性(背が低い品種)のソバの開発を行っています。

将来的には、病気や外虫に強い植物、砂漠で育つ植物や海洋農場などの建設も可能になり、食糧問題の解決に大きく貢献することができると思います。

■有害金属を取り除く

元素が物質や環境の中で、移行したり集積したりするのがどのように違うかを精度良く調べて、土や水の中の有害物質を取り除く植物を開発しています。この植物を使って、社会的に問題になっている産業廃棄物から出る人体に有害な金属や有害物質を土壌から回収することができ、環境分野への貢献が期待できます。

【医療分野への応用】

説明図
放射線医学総合研究所HIMACでの
治療例
左側の赤い部分にはガンが見えていますが、重イオンビームをあてることにより、右側の写真のようにガン細胞を取り除くことができました。

■新規ガン治療への 応用

矢野 重イオンビームを照射してガンを治療する重粒子ガン治療は「切らずにガンを治す」最先端ガン治療法としてすでに実用化されています。

重イオンビームは、止まる直前に大きなエネルギーを放ってガン細胞を殺すという特徴があります。

RIビームではそれらに加えて、がん細胞で止まった後、さらに放射線を出すという利点を持っています。そのため、重イオンビームよりも低い照射量で高いガン壊死効果が得られます。

正常な細胞へのダメージが少なく、ガン細胞だけを狙い撃ちする画期的な放射線ガン治療法です。

■放射性廃棄物処理技術への貢献

原子力発電所から放射性廃棄物に含まれる超寿命の放射性核種を短寿命に変換できると、短い時間で放射能をゼロに近づけることができます。そのためには、放射性核種の核反応のデータが必要です。しかし、実験が難しいため、このような基礎データはほとんどありません。RIビームを利用して、放射性核種の基礎データを集めることができますので、原子力分野へ大きく貢献できます。

竹内 世界最先端のRIビームファクトリーを見学させていただき、大変興味深くかつ感動させていただきました。これから5年は世界のトップを走り続ける最先端のお話をお伺いし、何人ものノーベル賞科学者を輩出された日本の科学技術のすばらしさに今日はただただ驚くばかりです。本日は、明日からアメリカへご出張されるお忙しいところをどうもありがとうございました。