人とシステム

季刊誌
NTTデータエンジニアリングシステムズが発行する
お客さまにお役に立つ情報をお届けする情報誌です。

No.60 | システム紹介
ことばが世界を決める
SI統括部 第一技術部 第三グループ
主任技師 田中 秀樹

とある会社で

またまた例の会社で

技術の山本課長が、また担当の高橋くんを問い詰めているようです。いつものことながら、全て筆者の想像で書いたことで、何処かの会社をイメージしたわけではありません。

実際に、ドイツの方が、左記のような発想で物のカテゴリ分けをするかどうかは分かりませんが、世界の国々で使われている多種多様な”ことば”によって、人の考え方・思考が変わってくることは、あるような気がします。

サピア=ウォーフの仮説

ドイツ語の名詞には性別が存在します。名詞に付ける定冠詞(英語のthe)は男性名詞には“Der”、女性名詞には“Die”、中性名詞には“Das”を付けて区別をします。

例えば、お父さん、お母さんはそれぞれ男性、女性ですが、子どもは中性と扱われ、オス・メスの存在するライオンは全て男性と扱われているようです。さらに、ボルト・ナットや工作機械などの人工物も文法的性別を持っています。

このようなことばを子どもの頃から使い慣れているドイツやフランスなどの人と、物を指し示すことばに性別がない日本人とで、周りの物の分類に、自然と違いが出てくるのは理解できる気がします。

また、色を表すことばにも色々な違いがあることが知られています。日本では虹は7色と言い表されていますが、アメリカやイギリスでは6色、ドイツでは5色で表すと言われているようです。さらに、赤(red)、青(blue)、黄(yellow)など、色そのものを表すことばの種類がいくつあるかを世界の言語で調査した結果があります。

  1. 4色まで:20言語
  2. 6色まで:26言語
  3. 8色まで:48言語
  4. 10色まで:14言語
  5. 10色以上:11言語

日本のように10色以上の色を表すことばを持っている国は、世界で見ると少数派に属するようです。Webで検索してみると、桜色、小豆色、萌黄色、茄子紺、など465色もの色名が、日本で伝統的に使われてきたことが示されています。(和色大辞典:http://www.colordic.org/w/

色を表すことばを5種類しか持っていないアフリカのある国の人々と、日本人が見る世界は、全く違ったものに見えているのでしょうか。アフリカの人々は、8ビット・カラーの空間で暮らし、日本人は24ビット・カラーの空間で暮らしている、というわけではありません。すべての人間は、400nmから750nmまでの波長の電磁波を感じています。しかし、どの色を“青”と判別し、“緑”と判別するかは、どの国で生まれ育ち、どの言語を使ってきたかによって、大きく影響され、変化するということでしょう。

このような現象を、「生まれつき身に付けた言語の規定する線にそって自然を分割する」との説を発表した学者の名前をとって「サピア=ウォーフの仮説」と呼んでいます。

なぜ資料が探せないのか

日本の製造業の現場では、ドキュメント管理システムへの期待は、非常に大きいものと感じます。担当者いわく、「図面庫をなくしたい」、「ペーパレスにして、オフィスをスッキリしたい」、「電子化することで、検索性や保存品質を上げたい」

パソコンやネットワークが普及する以前から、手書きの文書やドラフターで描かれた図面をスキャナーで読み取り、客先名、図番、見積番号、などの属性を付加してファイリングするシステムが、業務を改善する、と期待を持って導入されていました。

しかし、本稿の最初で記したような電子化した資料を探すことができない状況が製造現場で起こっており、その原因が単に、全角・半角文字の混在というだけではなく、人間そのものの考え方に起因するのであれば、その解決策を根本的に見直す必要があります。

ドキュメント管理システムを運用する中で、なぜ資料を上手く探し出せないのか、その原因のいくつかを、あらためて考えてみると、次のようになります。

  1. 物のカテゴリ分けへの理解が個人で異なる
  2. 同じ物を示すことばが複数存在する
  3. 物を示すことばを間違える

第1の原因となるカテゴリ分けは、部品図、組立図、見積書、製造指示書、など大きな分類と、各大分類の中の、例えば見積書を客先名などの中分類に置くなどの構造が、人によって理解が違うことによるものです。

カテゴリ分けの構造は、一般的に毎回変更されるものではないので、重大な問題になることはありませんが、会社や部署内の文化に沿ってカテゴリが決められているため、会社や部署の統合時に問題となることが多いようです。

第2の原因は、主にドキュメントそのものの名称や属性として付加することばと、同じ意味を持つ別のことばが存在することによるものです。例えば、複数の部品で構成される“組立図”をある人は“アセンブル図”とし、別の人は“アッシー図”とすれば、探すのは困難になることでしょう。これらは“同義語”、“シソーラス”などと言われ、ドキュメント管理では非常に大きな課題となっており、サピア=ウォーフの仮説の影響もあると考えられます。

第3の原因は、まったくの人的ミスである場合と、その人が正しいと判断してつけたことばが、他の人には理解できないことばであった場合があります。後者の場合、第2の原因と同じ範疇のものと捉えることができます。

第2,3項で示した原因は、各企業の文化を職員全員が有しているかを問われているように思います。このようなことを原因として発生する課題は、SPACE-Docのようなドキュメント管理システムを導入すれば解決できるものではなく、業務に関わる人の考え方を理解し、共通認識の下でドキュメント管理システムを運用することが重要なことだと考えます。

参考文献

  1. 「ことばと思考」著:今井 むつみ 岩波書店(ISBN-13: 978-4004312789)
  2. 「知性の限界」著:高橋 昌一郎 講談社(ISBN-13: 978-4062880480)

※「SPACE-Doc」の最新情報

人とシステム 57号(2010年4月発行)「かんたんPDM、ドキュメント管理-SPACE-Doc V3 のご紹介」