人とシステム

季刊誌
NTTデータエンジニアリングシステムズが発行する
お客さまにお役に立つ情報をお届けする情報誌です。

No.100 | リフレッシュ
折り紙の科学
①折り紙を科学すると見えてきたいろいろな可能性

100号を記念してスタートしたこのリフレッシュコーナーでは、ちょっとしたアイディアのヒントになる情報や誰かに教えたくなるような話をお届けします。連載の第1回は、折り紙です。「折り紙の科学」※の著者である萩原一郎先生と奈良知惠先生のお話をもとに、今号から3回に分けてお送りします。1950年代頃から始まったとされる近代折り紙の話題を中心に、折り紙のおもしろさや産業化の可能性などをご紹介する予定です。

※おもしろサイエンスシリーズ「折り紙の科学」(日刊工業新聞社刊 2019年3月発行)
著者:明治大学 特任教授 萩原 一郎 様・明治大学 研究・知財戦略機構 客員研究員 奈良 知惠 様

折り紙を再現するための折り図と展開図

私たちに親しみ深い折り紙は、1枚の紙を折って対象物に近似させる創作です。江戸時代にはすでに庶民の間で楽しまれていたことが浮世絵などにも描かれています。1950年代頃には作品として認められるようになり、近代折り紙として広がりました。近代折り紙の特徴は、「折り図」と「展開図」です。日本の古典折り紙でも折り方を図に示すことはありましたが、近代折り紙では、すべての折り手順が書き表され、完成品の再現性を高めています。

展開図は折り紙の設計図で、折り目パターンとも呼びます。出来上がった折り鶴を元の1枚の紙に戻すと、折り目が付いていることが分かります。最も基本となる折り方は、紙の表が出る山折りと、裏が出る谷折りです。それを図面に表すと、どのように折るのかが簡便に分かります。

折った作品を展開図に広げてみると、折り線の交点について必ず成り立つ性質がいくつかあることが分かっています。特に、「前川の定理」と「川崎の定理」の2つが重要です。いずれも折り線と交点の関係性を明確にしたもので、右図の折り鶴の展開図でも確認できます。

前川の定理を発見したソフトウエアエンジニアの前川淳氏は、ご自身で「悪魔」という優れた作品も生み出されています。手の5本の指を折るところにも工夫があります。1つの角を4つの領域に分けることで、5本の境界線を作っています。これを実現できたのも、明確な展開図があるからであり、多くの人が複雑な作品を再現できるようになりました。

1枚の紙から作られたとは思えない前川淳氏による作品「悪魔」。展開図の左右の端の複雑な折り目が手の部分に対応しています
1枚の紙から作られたとは思えない前川淳氏による作品「悪魔」。展開図の左右の端の複雑な折り目が手の部分に対応しています

定理などの規則性が分かることで、折った後から展開図を起こすだけでなく、先に折り紙を設計して展開図を作成するという発展の道が開かれます。従来は、イメージに近づけるために試行錯誤しながら作っていた折り紙が、完成品を思い描いて、それに合う展開図を設計するという新たな手法を獲得することになりました。このように、折り紙の構造を研究することは、より複雑で芸術性の高い折り紙作品の創造にとどまらず、工業や産業分野への応用という面でも非常に魅力的です。

折り紙の設計図

置いた紙の裏側が出るような折り目が「谷折り線」、表側が出るような折り目が「山折り線」です。折り紙設計のためのソフトも開発されていて、一般公開されている「ツリー・メーカー(TreeMaker)」などはインターネットで入手可能です。

折り紙の設計図

産業面での活用が進む折り紙構造

折り紙には、基本となる山折り、谷折りの他にも、中割折り、かぶせ折り、段折り、つぶし折りをはじめ、高等テクニックといえるつぶすように折るねじり折りや、複数のパーツを組み合わせるユニット折りなど、いろいろな折り方があります。

産業への応用が期待される折り方の一つに「らせん折り」があります。朝顔の蔓や巻き貝など自然の中によく見かけるらせん形状を再現したものです。1段あるいは数段の短い筒状のらせんを折り、それをいくつも積み重ねていくことで、らせん構造を持つさらに長い筒を作ることもできます。らせん構造を持つ筒には、方向が同一の「順らせん」と、1段ごとに逆方向に向かう「反転らせん」があります。これは、きれいに平坦化できて収納しやすいだけでなく、伸縮性を生かしたエネルギー吸収材などにも利用できます。

写真上
らせん構造を持つ筒には、同一方向の「順らせん」(写真上)と、1段ごとに逆方向になる「反転らせん」(写真下)があります
写真下

他に、宇宙探査機や宇宙ステーションなどで使われる太陽電池パネルやソーラーセイル(太陽帆)に利用された「ミウラ折り」があります。東京大学名誉教授で航空宇宙工学者の三浦公亮氏が考案した、全体が2次元的に展開・収縮する折り方です。

ミウラ折りの展開図は、平行四辺形を積み重ねた形になります。まず、等間隔に蛇腹 [じゃばら] 折り(山谷を交互に折り)、次に斜めに等間隔で蛇腹折りしてから、広げて元の状態に戻します。折り目は平行線とジグザグがあり、ジグザグを先に蛇腹折りするとミウラ折りになります。便利な構造であるものの、工程が複雑なため、製作を安価に機械化できれば、もっと活用が広がると期待されています。

昆虫に学ぶ

近年、折り紙の世界でも生物模倣工学(バイオミメティクス)の観点から多くの研究が進められていて、例えば昆虫に学ぶことでたくさんの発見がありました。

テントウムシの後ろ翅 [はね] の折り畳み方の研究成果は、人工衛星用大型アンテナの展開やミクロな医療機器、形状変化機能を持つ製品への応用が期待されています。

テントウムシは、体の一部分を上手に使って翅に折り目をつけて畳み込みます
テントウムシは、体の一部分を上手に使って翅に折り目をつけて畳み込みます

次号では、蛇腹折りを活用した折りたたみ式ヘルメットの開発やリバースエンジニアリングなど、社会のいろいろなところで活躍している折り紙の科学についてお届けします。お楽しみに。