人とシステム

季刊誌
NTTデータエンジニアリングシステムズが発行する
お客さまにお役に立つ情報をお届けする情報誌です。

No.100 | 社長インタビュー
脳科学研究が切りひらく新たなる未来
AIやシミュレーションへの応用、新薬の研究開発など
脳の活動への探求がもたらす可能性とは
脳科学研究が切りひらく新たなる未来

1950年代に始まったAI技術の研究はさまざまな技術革新を経て、現在では身近な製品やサービスにも活用され、また、デジタルトランスフォーメーション(DX)における重要な要素として改めてその真価や役割が問われています。このAI技術の発展を、自身の研究の社会実装の1つのテーマに掲げているのが脳科学者である東京大学 准教授 渡邉正峰様です。今回は、脳科学研究が持つ可能性を知り、さらにこれからのビジネスにもたらすヒントを探るべく、渡邉様と当社代表の東による対談をお届けします。

国内外をフィールドに深めてきた脳科学研究

ないものは作ってしまえの精神でこれまでの脳科学研究の成果の社会実装を目指しています
東京大学大学院工学系研究科
システム創成学専攻 准教授
渡邉 正峰 様
Masataka Watanabe

東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻 准教授
株式会社MinD in a Device 技術顧問
1970年生。1993年東京大学工学部卒業、1998年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。
同研究科博士研究員、助手の後、2002年助教授に就く。米カリフォルニア工科大学留学、独マックス・プランク研究所客員研究員を経て、現在は東京大学大学院工学系研究科准教授および株式会社MinD in a Device 技術顧問を務める。近著に『脳の意識 機械の意識』(中公新書、2017年)がある。

 今回は「人とシステム」100号発刊という節目を迎えて、最先端のさらに先をいく未来についてお話をしたいと思い、脳科学研究者の東京大学 准教授 渡邉正峰様をお招きしました。AIへの応用など、渡邉先生が取り組まれている脳科学研究の社会実装の展望もお聞きしたいと思います。まず、渡邉先生が将来的に目指されているのは、人間の意識を機械に移植する不老不死の実現と伺っています。著書の『脳の意識 機械の意識』を拝読していて私が思い浮かべたのが、1970年代初めに放映されていたアニメ「新造人間キャシャーン」です。人の体を離れて機械と融合した新造人間というのが主人公なのですが、その母親も白鳥のロボットに身を移していて、目から投影した人間の姿で主人公と会話をする場面が頭をよぎりました。

渡邉 幼少期をロサンゼルスで過ごしたこともあり観たことはないのですが、先見の明がある話ですね。私のイメージとしておそらく一番近いのは、グレッグ・イーガンの『順列都市』というSF小説です(※1)。この作品では実験的に生体をコンピューターにアップロードするということが大きな要素になっています。

 まさに私たちがフィクションの世界で接してきたテーマに挑まれていらっしゃるのですね。かつてロサンゼルスにいらしたとのことですが、海外生活は長かったのですか。

渡邉 幼稚園の年長から小学5年生くらいにかけて5年間在米しました。帰国後は日本で過ごし、東京大学で脳科学を専攻して博士課程まで修めました。その後は大学の教員となり、2004年に1年間、在外研究員制度を使ってカリフォルニア工科大学に在籍し、2008年から10年間は、世界的に有名な脳科学の研究機関であるドイツのマックス・プランク研究所で客員研究員として活動しました。研究所のあるテュービンゲンは、AmazonのAI研究センターができるなど、最近ではAIの町としても注目されています。日本では理論脳科学から入り、心理実験やfMRI(※2)などの研究も続けていましたが、やはり海外に渡って実験を含む最新の研究ができたことは大きいですね。マックス・プランク研究所では、脳科学研究の第一人者であるニコス・ロゴセシス氏の下で研究生活を送っていました。

マックス・プランク研究所にて
マックス・プランク研究所にて

社会実装の可能性を秘める“脳の生成モデル”

お客さまのビジネス革新につながる最先端の研究や技術を取り入れた提案をしていかなければなりません
NTTデータエンジニアリングシステムズ
代表取締役社長
東 和久
Kazuhisa Higashi

 現在は東京大学の准教授のほか、ベンチャー企業を立ち上げて技術顧問に就かれ、脳科学研究の社会実装に取り組まれていると伺っています。そこで、脳のどういった点に着眼されているのでしょうか。

渡邉 国際電気通信基礎技術研究所(ATR)の川人光男先生らが提唱した「生成モデル」と呼ばれる脳の仕組みをもとに構想を進めています。脳は、その人自身を取り巻く3次元世界に対して、眼球や皮膚などがセンサーの役割をして得る圧縮された情報をもとに、脳の中に仮想の3次元世界を再構成します。そこで構成された仮想の世界についても、いわば仮想の眼球や皮膚で捉えることができ、仮想の圧縮情報を得ることができます。すると、実世界に対して実際の眼球や皮膚などが捉えた圧縮情報とこの仮想の圧縮情報との差分をとって適切に調整しようと、情報の更新を図る働きが生まれます。つまりは実際の外の世界と脳内で構成された仮想世界とが同期された状態になるのです。この考えが脳の生成モデルです。さらに脳の面白いのが、眼球や皮膚などのセンサーとしての特性をそのままあるものとして包括しているところです。そのため、それらのセンサーからいろいろな情報が入ってきて圧縮された状態を、この部分は皮膚の特性で起こっているな、というようにそれぞれ振り分けて処理することができてきます。

 なかなか難しい話になってきましたが、そういった仕組みを応用すると、産業分野ではどういうことができるようになるのでしょうか。

渡邉 例えば私たちが取り組んでいることの一つに、道路の強靭化を目的とする亀裂の発生原因などの検証があります。まず高速道路に100mおきに振動センサーを置いて振動情報を得て、さらにカメラなどを使って走行している車両の種類や速度などの情報も全てモニタリングできる環境を作ります。実際には、その上でコンクリートや鉄筋の材質を考慮したり、有限要素法を用いたりする必要がありますが、こうすることで、例えばちょっとした振動の違いなどから、亀裂が生まれる場所やタイミングのシミュレーションができると考えています。

 社会インフラに皮膚をモデル化したセンサーを付け、そこからの情報をリアルタイムに脳の生成モデルへ届けて判断を行うという仕組みですね。

渡邉 さらに、脳の生成モデルは、人にとっては不得手な部分、不可能な部分をカバーすることもできると考えています。例えば、私の好きな「風の谷のナウシカ」では、ナウシカが空気の流れを読みながらメーヴェという飛行装置をうまい具合に操っていて、下の方でそよいでいる葉を見たときには、あの辺りに重たい空気があるといって、その風を使って機体を跳ね上げるようなシーンがあります。こうした感覚はおそらく鳥であれば当たり前に持っているのでしょうが、人には無く、つまり、人の脳が必ずしも全てにおいて優れているわけではないと思います。そこで、この脳の生成モデルをベースに、人体の制約や能力を超えた部分を付加することで、性能を高めることもできてくると考えています。

改めて期待される脳科学とAI

 産業分野への応用として、AIの開発にも取り組まれていると伺っています。AIにもこの脳の生成モデルの考え方が使われているのでしょうか。

渡邉 実は脳を模した機械学習はかつて下火になっていたのですが、コンピューターの計算能力や学習させるデータの質が向上してきたことで、10年ほど前から再び評価されるようになりました。人体に張り巡らされたセンサーの情報から脳内で3次元世界が構成されるように、数値的に情報を入力することで仮想の世界を何百万、何千万と好きなだけ作り出すこともできると考えています。すると、人の認知や予測を超えた環境を作り上げて、それをAIに学習させることも可能になります。

 その仕組みは解析ソリューションで役立てられそうです。例えば異常が発生した際のシミュレーションをするとき、人が認知していない状況をいくつも用意することは、すでに発生した事象のみからでは見つけるのが難しいという課題があります。

渡邉 さらに脳は、「もし~だったら、…だろう」というふうに未来のことを予測できるので、その働きをAIにも備えられると考えています。例えば、車を運転していて左に車線変更をしようとするとき、左車線の車が前をどうぞと譲ってくれたらハンドルを回しますよね。それと同時に、もしかしたら後ろからバイクが来るかもしれないと考えるわけです。これは別に繰り返し同じ条件を学習したからではなく、以前バイクが急に現れたなという回想があって、かつ、ここで急にスピードを緩めたらどうなるかというシミュレーションをしています。

 それも興味深いです。私たちは現在、車の自動運転開発で必要とされる試験ケースの提供に向けて、NTTデータグループ会社と共にシナリオベースデザインというソリューションに取り組んでいます。安全かつ安心に運転するために、走行時に発生する条件をシミュレーションしてシナリオを作成し、そのシナリオを仮想現実内でテストします。そこで抽出する条件は、事故が必ず起きる条件でも、事故が絶対に起こらない条件でもなくて、事故が起こるのかどうかが分からない、不確かでグレーゾーンな条件なのです。今のお話はこのようなシナリオ作成に有効なシミュレーションだと思います。

渡邉 自動車をはじめ、いろいろな産業分野で、現状どのようにAIの受容が進んでいるのか強い関心があります。また、私自身、車が好きでずっとマニュアルミッションのオープンカーにこだわって乗り回していることもあり、個人的に自動運転の動向も楽しみです。

必要とされる技術の真価を発揮するためには

 AIは昨今叫ばれているDXの中でも大きなテーマです。製造業のお客さまの現場では、人の目や手の判断による仕事が多く、それが日本のものづくりの良いところの一つです。私たちは、その仕事を誰もが的確に永続的にできるようにデジタルの力でどうにかできないか、AIを活用できないかというご相談へのお手伝いをさせていただくことがあります。しかし、こうした人による判断や作業のデジタル化は、私たちの課題でもあり、昨今のDXの流れにおけるジレンマでもあります。

渡邉 つまりそれは、職人芸や匠の技といわれるものでしょうか。

 そうです。日本の製造現場ではそれに加えて、現場でのすり合わせというものがあります。例えば、設計工程から上がってきた図面を製造工程で受け取った際に、図面の誤りを見つけたり、後工程のことを考慮したりして、図面上にはない調整をします。

渡邉 常に絶対的なルールに従って作るわけではなく、製造時のそれぞれの工程で気づいたことを反映させていくということですね。アナログ部分での技術力や応用力の高さを感じます。

 実際にお客さまをお訪ねすると、現場での調整力にとても感服します。一方、私たちのジレンマとして、効率的にデジタル化するには、全体を通して作業のプロセスや条件の統一が図られている状態が一番なんです。しかし、そうすると絶対的なルールを作ることに近づくことになります。本当にお客さまのためになるソリューションとはなんだろうかと常に頭を悩ませていて、人ならではの部分をいかにデジタル化するかという試行錯誤と、業務そのもののプロセスや考え方の改革についてもご提案できるようにしていく必要があると思っています。

渡邉 日本の少子高齢化社会は、世界がこれから突き当たっていく問題に良くも悪くも先立って直面している状況だと捉えていて、その面でも本質的な自動化や省人化を考える岐路にあると思います。

 そう思います。あわせて、そうした自動化などのためのツールを取り入れる上での意識づくりも必要になってきます。例えばAIを入れようとしたとき、いま人の行っている作業を自動化することを目指すのか、AIだからこそできる処理に業務を変えてみようとするのか、こうした自動化ツールを有効活用するための環境を整えていくことが重要だと考えています。

渡邉 私自身、脳科学研究の新たな社会実装に向けた取り組みをしていますが、もともと無いものは作ってしまえという精神があり、この先日本が進むべき将来を考えても現状への危機感を持って新しいものを取り入れることは避けられなくなってくると思います。とはいえ、やはり最終的にはそれを使ったときの快適さが大切で、自分たちの役に立っていることの実感を抵抗なく持てる必要がありますよね。余談ですが、私はものを書きとめるのに、これまではずっと万年筆を好んで使用していたのですが、今ではタブレット端末とタッチペンを使うようになりました。それは、このタッチペンが便利な上、万年筆と同じかそれ以上に書き心地が良いと感じていることに他なりません。

意識を機械に移植するというビジョンに向けて

図1  意識が機械(コンピューター等)へアップロードされた世界のイメージ
図1 意識が機械(コンピューター等)へアップロードされた世界のイメージ

左図:人間の脳と機械を接続して意識を一体化させ、さらに記憶を共有することによってアップロードは完了する。このとき、生体左脳半球?機械右半球と生体右脳半球?機械左半球の二つの組み合わせで襷掛け状に遠隔接続して日常生活を送ることにより意識の一体化および記憶の共有は促進される。

右図:人間の脳が活動の終わりを迎えた後にも、機械の中で意識を持って生き続けることができる。生体脳半球と襷掛け状に連結していた二つの機械半球を接続する。
(イラスト:ヨギ トモコ)

引用:MinD in a Device社HP

 ここまで、AIなど少し私たちに近しい分野のお話を伺ってきましたが、その他、将来的な展望も含めて、どのように研究を進めていかれるのでしょうか。

渡邉 一つ考えているのが、言語野などといった脳の機能の一部代替です。例えば脳の損傷や、脳腫瘍の手術などにより、言葉を発せられなくなってしまうとき、人工の神経回路をつなぐことで、その言葉を司る機能に代わることができないかという構想があります。また、その過程で、アルツハイマー治療の医薬品などの研究開発に役立てられる可能性があるとも考えています。

 脳科学研究は多面的な可能性を秘めていますね。AIへの応用も含め、それらはまた、初めに伺った、意識を機械へと移植することにもつながっていくのでしょうか。

渡邉 そうですね。 そのことはずっとビジョンに据えていて、20年後の実現を目指しています。同時に、目標を達成したときに過ごしていける世界を用意しておく必要があります。先ほどの『順列都市』では、コンピューターにアップロードされた人と生身の人とが共存する中で、それぞれが生活していくためにコンピューターのリソースを奪い合うことになります。それでは問題ですから、共存できる社会の仕組みが構築されていなければいけません。

 道路の強靭化のお話にもありましたが、そうした社会インフラの整備も必要になってくるということですね。

渡邉 もちろん、多方面で社会に貢献できるよう挑戦を続けていきたいです。私が研究を始めた1990年代初頭の日本の理論脳科学には、世界的にも神様のような先生方がたくさんいて、圧倒的にリードしていました。今はやはり脳科学やAIの研究領域でも中国などの勢力が強く、優秀な人材を輩出しているのは確かですから、自身が活躍できる可能性があることを見つけ、それを広げていく重要性が差し迫っていると思っています。

 未来への期待が持てるお話をたくさんお聞きすることができました。私たちもビジョン達成のため、最先端の研究や技術の動向を知り、取り入れながら意欲的に進んでいきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

※1 順列都市:グレッグ・イーガン(1994)原題Permutation City 。21世紀中頃、ダレムという男が奇想天外な計画を企てた。人間の精神の完全な〈コピー〉を複製し、たとえ宇宙が終わろうと永遠に存在しつづけられ、不死の存在となれる仮想都市をある場所に築くというのだが……電脳空間と人工生命の無限の可能性を描く、究極の最先端SF。
出典:Hayakawa Online「順列都市 上」(早川書房)
URL:hayakawa-online.co.jp/product/books/11289.html(外部サイトへ移動します)

※2 fMRI:Functional Magnetic Resonance Imaging。日本の小川誠二氏が発明した機能的磁気共鳴映像法