人とシステム

季刊誌
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No.102 | リフレッシュ
折り紙の科学
③自由な発想の研究から生み出される折り紙の可能性

3号にわたりお届けしてきた「折り紙の科学」について、最終回となる今回は、私たちの目に見えるところ、見えないところで活躍する折り紙工学の実例をご紹介します。また、著者である萩原一郎先生・奈良知惠先生が取り組まれている研究の一端についてもご紹介できればと思います。

※おもしろサイエンスシリーズ「折り紙の科学」(日刊工業新聞社刊 2019年3月発行)
著者:明治大学 研究特別教授 萩原 一郎 様・明治大学 研究・知財戦略機構 客員研究員 奈良 知惠 様

地上でも宇宙でも活躍する折り紙工学

“折り”は建築産業へも応用され、形態操作、形態生成、空間構成の手法として、外観や内部空間の視覚的演出のために使われています。シンプルな形状のものでは、薄くて平らな金属板をびょうぶ風に折り曲げることで、強度を持たせる波板があります。工場や倉庫の屋根材として見かけることも多いのではないでしょうか。

折り畳みを生かしたものに、大型ドームの建設工法のパンタドーム構法があります。代々木第一体育館を手掛けた構造設計家である川口衞氏が考案した特許工法で、世界初の採用例は神戸ポートアイランドホール(1984年竣工)です。ドームの頂上部分の骨組みを地上で建築してから、一度、折り畳みます。それをジャッキなどで押し上げることで元の形に戻して、完成させる工法です。地上で作業が行われるため安全で、工期の短縮も可能です。

他に有名なものとして、ジオデシック・ドームがあります。球に近い多面体(正十二面体、正二十面体、半正多面体の切頂二十面体)を正三角形に近い三角形で細分割したものです。かつて、富士山の頂上に据えられていた富士山レーダーのドームも、ジオデシック・ドームでした。

さらに、地上で折り畳んだものを、宇宙空間で大きく広げる技術にも応用されています。東京大学名誉教授で航空宇宙工学者の三浦公亮氏が考案したミウラ折りは、全体が二次元的に展開・収縮する折り方です。2010年に金星探査機の「あかつき」とともに打ち上がられた小型ソーラー電力セイル実証機「イカロス(IKAROS)」でも、ミウラ折りが使われました。イカロスは風の代わりに太陽光の力を帆に受けて進む正方形のソーラーセイル(太陽帆)を持ち、その一辺は14メートルにも及びます。そのため打ち上げ時にはコンパクトに収縮されている必要があります。そこで、ミウラ折りを応用して十字型に折り、それを直径1.6メートル、高さ80センチの円筒形の本体に巻き付けることで、コンパクトに宇宙に運ぶことができました。

パンダドーム構法(写真提供:ピクスタ)
パンタドーム構法(写真提供:ピクスタ)
ジオデシック・ドーム(写真提供:ピクスタ)
ジオデシック・ドーム(写真提供:ピクスタ)

宇宙開発でも活躍する折り紙工学

イカロスのソーラーセイルは、ポリイミド樹脂を使った、頭髪の10分の1以下の7.5マイクロメートルという非常に薄い素材でできています。2段階に分けて折り畳まれており、まず対角線の軸方向に十字形に折ったのち、円筒形の本体に巻き付けられました。下図はその第一段階の基本形です。

宇宙へ飛んだミウラ折りのソーラーセイル

見えないところで社会を変える折り紙の科学

 萩原一郎先生は長く衝突安全車の開発に取り組んでこられました。衝突の際の衝撃は、車両構造の変形による運動エネルギーの吸収です。日本の研究者や技術者を中心に、いろいろな構造が開発されましたが、1990年代以降、折り紙構造に着目した研究が進められました。その成果の1つが、「反転らせん折り紙構造」の採用です。それまでは部材の自長の70%程度しか変形しなかったものが、自長の90%の変形に成功。折り紙構造の軽くて剛性が高いという特性は、衝突エネルギー吸収材としても優れていることが証明されました。萩原先生は、エネルギー吸収折り紙構造をはじめとする折り紙工学全般に加えて、折り紙式プリンター、折畳扇の研究などを続けられています。

また、奈良知惠先生は、数学的な考察から4次元折り紙の研究も進められています。一般的な折り紙は、平坦な2次元の紙を直線の折り目に沿って折ることで、3次元の立体に近づけます。その折る動作は、折り目で分割された一方を直線の周りに回転させています。線対称に折り重なった状態では、直線で分割された一方が鏡映されます。そして、この原理を4次元に上げて考えるとどうなるかという研究が、4次元折り紙の基本です。

紙の代わりに立方体を、数学的に“折る”とどうなるのでしょうか。立方体を、その中心点と各辺でできる三角形で切り分けて、鏡映します。すると、中心点から各面に伸ばされた線で構成された四角錐が、それぞれの面を境に外側に伸びて、ひし形の十二面体になります。同様に、直方体を分割して“折る”と切頂八面体を作ることができます。いずれの場合も、折り目で区切られた立体で埋まっています。これは、空間充填立体であることの証明であり、工学的な発展が考えられます。その他にも、4次元で折った立体を3次元に戻し、さらに2次元にまで折り畳む研究にも取り組まれていて、これらの研究にも期待が集まっています。

反転ら展せ開ん図折り紙構造
反転ら展せ開ん図折り紙構造
「2重被覆立方体の展開図」より立方体を切り分けて面を境に外側に伸ばす操作が数学的な4次元折り紙
「2重被覆立方体の展開図」より
立方体を切り分けて面を境に外側に伸ばす操作が数学的な4次元折り紙
出典:講演記録動画:
http://cmma.mims.meiji.ac.jp/events/jointresearch_seminars/index_2021.html#001(外部サイトへ移動します)

最新研究に関しては概要のみご紹介しましたが、折り紙の科学が持つ可能性をお伝えできたのではないでしょうか。次号から新たなテーマがスタートします。お楽しみに。