デザイン思考とシステムズエンジニアリング
株式会社NTTデータエンジニアリングシステムズ 新事業企画室 企画部 加藤 智之, Dr. Eng. |
システムズエンジニアリングについて3回連載でお届けします。今回は連載Vol.2です。
はじめに
前回は新しい仕組みに改革するために考慮すべき考え方としてSeven Samuraiを紹介いたしました。このエッセンスは、既存のシステムに対して新しいものを導入しようとする時にそのまま入れてしまうと全く別の問題を引き起こしかねないことを示唆するという考え方でした。改善、改革的によらず「設計」の良しあしがその成否を決定づけます。本稿では、お客さまにおかれまして常日頃から行っている「設計」が、システムズエンジニアリング(SE)の世界においてどのような意味があるか、学術的な観点も踏まえて考察したいと思います。
学術的な視点から見た設計
学術的に設計を論じるものとして吉川弘之氏の『一般デザイン学』(General Design Theory)[1]が挙げられます。これは人工物すべてを対象とし、デザインあるいは設計を課題とする理論であるとされています。ここでいうデザインの対象はSDGsのような世界を巻き込む行動やイノベーション、ITシステムや機械の設計だけでなく、ファッションや芸術作品、プライベートなイベントまで広く対象とします。多岐にわたる対象に対してデザインすることについて体系化しようとする試みがこの一般デザイン学ですが、元々「一般設計学」[2]という言葉で1970年代から議論されてきました。この名前の変遷は本書において『日本語ではdesignに対応するものとして「設計」という言葉が創られた.(中略)designは思考過程に焦点を当て,「設計」は思考の結果として得られる存在物に焦点を当てる.その結果,存在物の指示のないただの「設計」という言葉は,明確な定義のできない漠然とした集合概念を表すことになる.一方designは,思考過程という定義可能な概念である.』(図1)と述べられています。この話を咀嚼すると、私たちが日々行っている設計(デザイン)の要は、抽象的な思考に力点が置かれるべきものであるということだと考えられます。本連載のメイントピックであるSEは、この抽象的な思考を取り扱うための方法論の一つです。次の章では設計とSEの関係やデザイン思考との関係についても言及いたします。
設計とシステムズエンジニアリング
図1で示すような学術的な概念を理解するのは非常に難解です。ここではもう少しかみ砕いた形で「設計」を表現していきたいと思います。著者は設計とは「無限の解空間から解の存在可能空間を定義し、その中で目的関数に対して現時点の技術的制約を踏まえて最適なものを選び抜く行為」だと考えています。理解しやすいように図で表現すると図2のようになります。設計を始める段階は何もありません。要求を実現するにはまず、設計解が存在する空間を定めるために適切な座標系を設定します(図2ではx-y平面で表現)。次に目的関数や制約関数および関数に対する不等式を定義します。これらの関数は要求の数が増えれば増えていきます。考え得る全ての関数とその不等式で構成された領域が設計解の存在可能空間となります(図2の網掛けで示された領域)。ここまでくるとはじめて、具体的な設計行為に移れます。具体的な設計解を導出することは、解の存在可能空間から最適な点はどこなのか探す行為とみなせます。無限の解空間から解の存在可能空間を定義し、(その時点で)最適な設計解を導くことを実現するために使用するのが、SEであると著者は考えています。
デザイン思考をいかに設計に使うか
SEと関連が深い考え方に「デザイン思考」があります。一般的にデザイン思考と言われているものはアメリカのデザイン会社であるIDEO社によるものが流布していると言われます。デザインを思考方法として扱ったのはサイモン氏の『システムの科学』[3]で1969年に出版されました。ちょうど前述の一般デザイン学の議論と同時期に日米で同様な研究がなされていることが興味深い点です。しかし、これらは哲学的で学術的な記述が多く、理解が難しく本稿では一般的に利用されている思考手法について取り扱っていきます。一般的にデザイン思考といえば、解決したい課題に対してイノベーティブな解決法を検討し、プロトタイプとして実際に目に見える(手に触れられる)状態にすることで課題解決の可否を判断することなどに利用されています。この時、ワークショップ形式で実施することが多くあるのは、参加しているメンバーの集合知を結集するためです。たとえ同じ会社の同じ組織の人間であっても全く同じことを同様に知っていたり、全く同じ経験を同様にしたりすることはありません。また、同一組織における専門知識でも人によって差があります。知っている知識がそれぞれ少しずつ違うからこそ、一人では思いつかないようなイノベーティブなアイデアを産むことにつながります。ここでデザイン思考の一つの手法であるブレインストーミング(ブレスト)の効能について触れてみましょう。ブレストは解の存在空間を可視化することに非常に役に立つ手法です[4]。ブレストを実施することで集合知となっていけば設計解の存在可能空間を広げていくことができる可能性が高まります。誌面の都合上、今回は効能だけを記述しました。次回以降にその有用性についてもう少し具体的にお伝えしたいと思います。
おわりに
本稿では設計とデザイン思考、SEの関係を学術的な観点も含めながら眺めてみました。設計の本質を理解し、より良いシステムを構築するための手法としてデザイン思考やSEは非常に重要です。次回以降、デザイン思考とSEの関係についてより考察を深めていきたいと考えています。
〈参考文献〉
[1] 吉川弘之:一般デザイン学、岩波書店、2020
[2] 吉川弘之:一般設計学、東京大学工学部精密工学特別講義資料、http://www.robot.t.u-tokyo.ac.jp/asamalab/lectures/lecture6/files/20110112GeneralDesignTheory.pdf(外部サイトへ移動します)、2011
[3] ハーバート・A. サイモン:システムの科学、パーソナルメディア、1999
[4] 前野隆司他:システム×デザイン思考で世界を変える 慶應SDM「イノベーションのつくり方」、日経BP、2014
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